☆★☆- ホンの幕間 -☆★☆

2002/07 << HOME >> 2002/05

[ 琉球鮎 ]
「リュウキュウアユを蘇生させる会」東京支部という団体に組み込まれてしまいました。去る金曜日、支部会合があったわけですが、この時には、会長格のK先生の特別講演を聴く機会が与えられました。

リュウキュウアユといっても、おなじみでない方も多いと思いますが、約100万年ほど前に内地の鮎と分化した、いわゆる別亜種に属する鮎のようです。両亜種の棲息境界線は、種子島・屋久島と奄美大島の間にあるようです。で、どーして「蘇生」なのかというと、沖縄本島では、1978年に最期の一個体が確認されて以来、誰も見かけなくなったということのようですね。異説はありますけれど。この四半世紀、胸を痛めていた人たちが、この会を発足する原動力になったとのことです。

現在は、奄美大島の鮎を持ってきて、本島の河川に放流する活動を中心にやっているようですが、こうした蘇生・復元の方法の注意点・限界などを含め、K先生のお話を頂いたわけです。河川はもちろんですが、鮎のように、海と河川上流部を往復する魚にとっては、森も海も大切なわけで、「森が消えれば海も死ぬ」と言われるほど切迫した現今の環境からすると、とても楽観などしていられない状況なのですね。内地に比べれば、多少保全されているとはいえ、所詮、小さな島々なのです。

小さな会員証バッヂを貰いました。
2002/06/30(Sun) 雨


[ ナイトキャップ ]
先般、ほぼ一回り近い大先輩と恵那に行く機会がありました。牧場なんかを見に行くのが目的だったんですがね。おん年とって13歳の、可愛いシェパードなんかにも会えて、結構、楽しかったです。

それはそれとして、一泊だったので、夕食の酒をどうしようかと悩みました。もう、本当に、醸造酒の類(ビール、酒、ワイン等)は敬遠し続けています。含まれている未発酵の糖質には、生理的な嫌悪感さえ感じるようになってきています。しかし、恵那・・・どんな所でしょう。ま、九州系の焼酎でもあれば良いのですが。人口3万人、全員が熱狂的な日本酒ファンの街だったらどうしましょう。結局、貴重なストックから泡盛を一本持参することにきめました。持っていく書類とかと併せても、たちまち、荷物が二倍以上の重さになります。全くアホなことを、と思いつつですけど。

結論からいうと、二階堂の焼酎はありました。でも、折角持参したのですから、「秘蔵くら出し泡盛」を中心に飲んでいました。もちろん、周囲の人、なかんづく大先輩にもお勧めしながらですけど。久闊の大先輩、当方の薦める泡盛をオンザロックで飲まれました。そこで想い出しました。この方、酒には滅法弱かったのです。泡盛は標準的な30度ものでしたが、一口飲んで、あくびをして、ゴロッと横になってしまいました。時折起きあがっては、ロックを一口、また横になります。これの繰り返しでありました。宿に戻ったときのお言葉、「久し振りに、こんなに酔った。オ・ヤ・ス・ミ!」

翌朝、宿のロビーで落ち合いました。後輩としては少々心配だったのですが、爽やかなお顔でした。そこでのお言葉、「いや〜、実にスッキリ目が覚めた。泡盛のお陰かな?」

そう、泡盛は、何故か、ナイトキャップとしても最高なのです。
2002/06/29(Sat) 雨


[ ログでもない話 ]
潮眼(うしおめ)を酷使しつつ、本を読んでいたら「by 3 logs」っていうのに当たってしまいました。何となく見当をつけつつも、より確信を深めるために、あっちこっちにあたってみるという愚をおかしたのです。そもそも、愛用の英辞郎には、@丸太、A記録、B対数、C測程器、D鈍重な人、などが乗っています。意味の派生は、一つめは、@→Dでしょうし、二つめは、@→C(船速を計る道具)→A(航海日誌)と思われます。しかし対数と丸太の関係がよくわかりません。こいつだけが残りました。

ん・で〜ぇ〜、更に調べて、びっくりでした。対数の「ログ」は、丸太と何の関係もないようなのです。ギリシャ語の「logos(論理)」に、「arithmos(数字)」をくっつけたもののようなのです。信頼する英辞郎も、語源や派生に忠実な並べ方までは、気を遣ってくれてませんね。でも、いろいろ調べているうちに、「by 3 logs(99.9%)」というのに出会いました。何となくの見当が当たっていたわけで、これはこれで嬉しいものです。

今日のマクアイは、取材も含め、合計1時間ぐらいかかってます。
2002/06/25(Tue) 雨


[ 嫌気的風土・好気的風土 ]
突然の話題で恐縮ですが、世の中にはイムホフ・タンクというものがあるようです。イムホフが開発した戦車、じゃなくて、イムホフが考案した汚水槽です。もっとも、タンクの名の起こりも、英国が兵器じゃないョ水槽だ、と誤魔化したことが語源ですから、ややこしい話です。イムホフさんはドイツの方らしく、汚水を処理するために、このタンクを考えたようです。第二次大戦で焦土と化したドイツ、その直前の時代には、欧州一円に普及していたようです。しかしその後、あまり見かけなくなったようです。何故か? テバが崇敬する、ある下水道の大家に伺ったところ、「アメリカが敗戦国の技術を使うわけがないじゃないか、カッカッカッ(笑)」とのご託宣でした。

が、しかし、現在、世界の隅々のホウボウ(魚に非ず)の方々から、このイムホフ・タンクを見直す運動が起こっているのですね。これまた何故か? 実は、イムホフ・タンクは嫌気性の汚濁物質分解装置なのでした。嫌気性であることは、実に多くのメリットがあります。嫌気性汚濁物質分解装置、これを日本も大量に保有していた時代があったのです。そう、野壺です。関西では「コエタンコ」などとも言いますけどね。これは手間とエネルギーがかからない、実に優れた装置だったのです。100日ほど放り出しておけば、汚濁物質の分解が完璧に進行するのです。あとは田畑に撒いて(還元して)やればよい、という仕掛けです。回虫・病原菌の心配も、三月もあれば解消します。

そのうえに、省スペースでもあるのです。どんなに(と言っても、ある程度まで)深くしても、元来嫌気的で良いのですから。下手に電力を使って、アブクなんぞを吹き込んでやる必要がないのですからね。ヨーロッパや日本のような、土地がなくて人がやたら多いトコロには、もってこいなのでしたね。もっとも、オーストラリアなんかは、あれだけの土地がありながら、省エネ・節水と環境保全の観点だけから熱心にやってますけど。人間がやたら多いと、息をするのも苦しいと言います。金魚が水面でパクパク・アップアップ、そう、こうしたところは嫌気的風土なのです。それにひきかえ好気的風土では、どんなコエタンコが発達したのでしょうか・・・

アメリカがその典型です。人口が希薄なのですから、汚水も、その辺のチョット窪んだところに、適当にホカしておけばよいのです。そのうち、いろんな生物が寄ってたかって分解してくれるはずです。この巨大な水溜まりを工学的(?)には「ラグーン」と言います。例のスリーピー・ラグーンとは、全然ムードが違いますが。必要なら、ラグーンを2つも3つも直列に繋いでおけばよいのです。最後はキレイな水に戻ってるはずです・・・しかし、アメリカでも人口稠密なところがあります。こういう大都会でも、好気的風土に育った国民性は変わりません。広大な下水処理場を設け、アブクをブクブクさせながら、好気的分解にいそしんでいるわけです。敗戦国・日本は・・・? 一度選んだ道を引き返せるのでしょうか。

     サンド・イン・ザ・ホィール
2002/06/24(Mon) 曇り


[ 予想的中 ]
SM先生の件、金曜日の対チュニジア戦の結果が出た瞬間、月曜日だナと確信した。周辺の人々にも話したのだが、何と、皆さん関心なし。でもそこなんですよね。月曜日にアゲる狙いの一つは。あと、空白の週日が一日できたこと。これを逃すと、その先は、決勝トーナメントの展開が読めないのだから、これではお互いに、困ったことになるはずです。

マクアイに予想記事でも書いときゃよかった。特許も取っときゃよかった。それにつけてもミエミエね。
2002/06/17(Mon) 曇り


[ イトゥマンのハーレー ]
どうも、糸満のハーレーは、14日の金曜日に行われてしまったようです。断りもなく、全く、も〜う。カリタンタン2001を参照してみると、昨年は24日だったんですがね。結局、旧暦の5月4日つまり「ユッカヌヒー」が定例日だったようです。琉球新報とか沖縄タイムスのWEBサイトに詳しく載っていたので、テバも知ることになったのですが。でも、糸満のは那覇ハーリーに較べると、真剣そのものといったところがいいですね。なんたって漁師の町ですから、都会の観光客用の見せ物とは違って当たり前でしょか。

ん・で〜、本日のテーマは例の「転覆競漕(沖タイ)」であります。これは、少々発音にも配慮しながら記述すると「ティンプク・クゥンヌキ・レース」となります。ティンプク=転覆や、レース=raceはいいんです。問題は「クゥンヌキ」です。どうも、大部分の沖縄県人は、これを「喰ン抜き」と理解しているようなのです。しかし、賢明なナイチャーのテバとしては、これにクレイムをつけるわけですよ。その異説を公開します。小生の答は「刳り抜き」です。そう、丸木船です。糸満のサバニの原型ですよね。

 沖縄方面からの反論、これは大歓迎です。どこからでもかかってきなさい。

糸満のハーレーは梅雨明けの宣言でもありました。はたして、あの青空は戻ってきたのでしょうか。異常気象のせいか、まだ梅雨前線があるようなので懸念してますが。明けた本日15日は、「海のハーレー」のようです。漁師の仁義でしょう。海で命を落とされた先達の方々のご冥福を祈るため、漁はお休みとなるようです。もちろん、あの南海の殺戮者と呼ばれるお師匠様は、イトゥマンチューではありませんから、今日も殺生に励んでいるのかも知れません。裏山敷御身上(ウラヤマシキオンミノウエ)にて・・・です。

 あまり漁業資源を枯渇させないでください。お師匠様。
2002/06/15(Sat) 雨


[ ジーザス! ]
『どんな偉大な人でも罪を犯すことはある。間違いを犯してもそれは人のため。キリストは張り付けにされたが、今は人びとからお祈りされている。Sさんもそういう人ではないか』・・・と語るのは、色○島の村長さんらしいです。そう、Sさんのおかげで新品のディーゼル発電器をもらえたあの村ですね。それにしてもユーラシア大陸は広大なんですね。西の端と東の端で、キリストのイメージが、かくも違うのです。

次は、南の方のお話です。あのK直人先生が激賞して止まない米国会計検査院(GAO)のことです。GAOはこのほど、米国外における米軍演習の制約についての報告書をまとめたそうですが。沖縄については、演習場が狭くって「実弾演習が決まった場所でしか行えず、あらゆる方向に弾を撃つような実践的な訓練ができない」のだそうです。あらゆる方向に、自由に実弾を撃たれたんじゃ、57年前に戻っちゃうじゃないの!

地方紙ってのも、時々のぞいてみるもんですね。
2002/06/14(Fri) 曇り


[ 三曲目 ]
嘉利吉の邦の渇水の状況はかなり深刻なようです。このまま推移すると来月早々には給水制限か、という囁きも聞こえます。え〜っと、実に8年ぶりですか。このごろは屋根の上のタンクもめっきり減り、シーサーばかりのようですしね。

三曲目打ち込み完了。今度はもちろん二見情話です。初耳だというナイチャーに聴かせたら、「何か、切ない」との感想でした。大成功です。でも、これを着メロに常用するわけにもいかず、当面お蔵入りということになりそうです。

やっぱり着メロにはカチャーシですね。ただ、困ったことがあります。これが鳴り出すと、ひとしきり踊ってしまうことです。カチャーシが鳴りやんで、やっと電話に出られるようになったら、もう切れていたということが多いですね、なぜか。

ま、仕方のないことです。
2002/06/13(Thr) 雨


[ 梅雨の入り ]
中国・四国から東北まで、一挙に梅雨入りしたらしい。一体、誰が決めるのだろうか。ジワジワとじらすように前線が北上する歳もあれば、今回のように怒濤の寄りで、瞬時に勝負を決めてしまう場合もある。ひょっとして、気象庁や地方気象台のビルの屋上に、梅干しオバアでも住まわせているのかな。オバアが番茶をせせりながら、「さて、そろそろ梅干しでも干そうかね」などと、判断しているのかしら。

そういえば、子供の頃、梅干しの天日干しの手伝いは大変だった。労力というより、気配りの方が問題だった。雨が降れば直ちに対応しなければならず、日没近くになるとカメに収納しなければならない。こんなこと、遊び盛りの少年はすぐ忘れてしまう。気が付いたら、梅は雨や夜露にたっぷりと濡れていた、ということになる。結果、「干し」の過程は全然進行しないことになる。親には怒られる、成績は下がる・・・

紀州・和歌山の子供たちは、今でも大変なんだろうな、と思う。全国の梅干しファンのために、遊興も勉学も放棄して、天日干しに専念していることだろう。不思議なことに、あの松下幸○助は、全自動梅干し機を開発・販売しなかった。いや、そうではない。紀州出身であればこそ、子供の汗や涙の染み込んだ「手づくり梅干し」の価値が判っていたのだろう。晩年の皺の多い顔を思い出して、そんなことに気が付く。

大先輩の琉球は、そろそろ梅雨を抜けるのでしょうか。それにつけても、今度は渇水が心配です
2002/06/12(Wed) 雨


[ 着メロ試作 ]
オリジナル着メロが打ち込めるらしいので、試してみました。まず初めは小品からいってみます。「てぃんさぐぬ花」です。当初は混乱しました。工工四の縦書きから、横書き風の音符に直すのは、若干緊張がいります。でも、人間のアタマって不思議なもので、だんだん慣れてきました。目で見ただけで、指が自動的に打ち込んでくれるようになったのです。これで、メール用の着メロが完成です。

さて、次は、通常着信用です。少々考えた末、「唐船(とうしん)ドーイ」にしました。何といっても、嘉利吉の世果報(ゆがふー)を代表するカチャーシですからね。もっとも、船も電話も似たところがあって、訪れるのは「みるく世」ばかりとは限りませんけどね。今回は付属のパートも3つ、使い切りました。さて、試聴です。おやっ、ちゃんと聞こえるではありませんか。とりあえず成功でした。

それにしても今日も、暑い一日ではありました。
2002/06/09(Sun) 晴れ


[ 熱帯化途上の東海道をルポする ]
この地球温暖化のさなか、名古屋と大阪に行ってしまった。よりによって、ということになる。まず、朝の名古屋、これは10時前だというのに、しっかりと気温上昇の兆しを見せていた。地元の市民の方々は、すでに大部分が、大好きな地下街という名の、大シェルターに避難している。熱核戦争に一番強い都市は名古屋だろうな、やっぱ、などとぼんやり考えつつ、タクシーに乗るためにビルの外に出る。途端に熱の衝撃波が襲ってきた。気のせいか、自分の腕の骸骨が透けて見える。「The Day After」の世界である。慌ててタクシーに潜り込む。

午後、2時頃、真夏日6日目が予想されている大阪に降り立つ。某電力会社のサービスによる情報モニターを見ると、気温29.9度C、電力消費量2,500万kwとある。人間はせいぜい50〜100wの電球程度らしいから、このK西電力では、さらにお一人様あたり1kwの電熱器を背負わせているようなものだ。もちろん、悪気があってのことではないが。訪問先で出していただいたミックスジュース、こうしたものは、天地の道理に外れているので、ここ10ヶ月ほど飲まなかったのだが、極限的乾燥状態に負けて、飲んでしまった。おいしかった。

しかし、どうなってしまうのだろうか。今からこんなことでは、夏はどうなるのか? 南極の氷や、世界の氷河が恐ろしい勢いでとけつつあるという。モノノ本によると、和歌山の潮岬のサンゴは、すでに沖縄と同種の熱帯性のものに変わりつつあるという。素晴らしい! そのうちに、北海道が現在の東京なみの気温になるという。スギやヒノキは全滅して、東北の山岳地帯をニシキヘビが徘徊するのだという。(サンシンが安くなるかな?)そうなったら、松尾芭蕉の名作も一回チャラにして、「奥の密林」とでもして、再度記行をしなければならなくなる。

 ヘビ・トカゲ 像の尿(しと)する 枕もと

(異説アリ:「しと」→「ばり」)
2002/06/07(Fri) 晴れ


[ 強○労働省 ]
もし、ミスター・ドー○ッツが食品添加物に関する規制を犯しても、罰せられるのがダス○ンならば、厚生労働省は強制○働省と呼ばれても仕方ないんでしょうね・・・ボソッ。
2002/06/06(Thr) 雨


[ 目からウロコ・・・な話 ]
 
 烏啼きて 木に高く
 人は畑に 麦を踏む

      「冬景色」より

北関東の空っ風の中で、子供のころ、よく見かけた風景でした。もっとも、人間の記憶はハカナいもので、テバの頭の中では、なぜか「婆(ババ)は畑に」になってましたけどね。閑話休題(それはさておき)、夏には米を作り、冬には麦を作るといった、米麦二毛作の風景は、モンスーンアジアでは、かなり普遍的というか、相当な広がりを持つものだろう、と漠然と考えていました。ところが、アジア農民交流センター事務局長の大野和興氏の講演録を読んでびっくりしました。米麦二毛作ができるのは、モンスーン地帯の北端に位置する日本ぐらいらしいのです。朝鮮半島ですら、気候的に無理があるようなのです。

ムシムシするモンスーンの夏は稲用、空っ風だけでほとんど雨も降らない冬のムギ用、これらの季節を両方備えた地域だけが、米麦二毛作を可能にしてくれるのだそうで・・・こう理詰めに来られると、もう、何というか、返す言葉もありません。降参! そんな珍しい所に育っていたなんて、このトシになるまで知りませんでした。大野氏の話は、この裏作の麦の栽培が壊滅する(つまり農業の風土性が失われる)経過や、逆に米の生産過剰・そして減反へ、食のグローバリゼーション、そして食料自給率の低下等の関係へと続くのですが、いやはや、麦踏みの話だけで、もう、充分ビックリでした。
2002/06/05(Wed) 曇り


[ 潮の眼 ]
こんな言葉があるのかどうかも知らない。例の三陸沖に転がっているのは、暖流・寒流の境に起こる現象であって、潮目と称され、意味も全然違う。本日、愚息の体育祭に行って気づいたのだ。学校に着いたのは正午を少し回ったころあい。高一の食べ盛りの青少年は、すでにゲートイン状態で、腹をペコペコに空かせていた。問題はその食後のことである。

カンカン照りの校庭に出たら、突然、目の前にカスミがかかった。見えなくなったのではなく、世界が妙に、薄暗く白っぽく変化したのである。脳障害も疑われる年頃とて、その後、慎重な実験・検査を行った。結果、大変に陽光が強い野外で起きることがわかった。対応策としては、目を細めることである。すると普通に見ることができるようになる。

地平線にドイツ軍を捜すサンダース軍曹、上空のハゲタカをいぶかるローンレンジャー、あるいは、艦橋から水平線を索敵するラミレス原潜艦長、あれ、あの時の目付きをするのである。これで原因は、あらかたわかった。そう、瞳孔の過剰収縮反応である。東シナ海に延べ20日近くも出張したために、強烈な陽光(正確には紫外線)に眼が適応したのだ。

これを何と呼ぶか。「潮風に灼かれた眼」という海洋文学的表現には、どこかで出合った記憶があるが、ここはもうちょっと簡潔に、「潮の眼」ということにしたい。もっとも、釣りに行き過ぎてこうなったのだから、「魚の目」あるいは「魚の眼」の方が正確かもしれない。しかし、少々ロマンを欠くので、やはり「潮の眼」ということにしておこう。一件落着。

ちょっとだけ海の男して、嬉しいテバなのであった。
2002/06/02(Sun) 晴れ


[ ことども ]
○ 電気式冷蔵庫(兼・製氷装置)がない子供時代を送った脅迫観念のせいか、製氷室に氷がなくなってくると、心が落ち着かない。きょうもそんな状態になった。そこで、コンビニに、例の、ロックアイスとかブロックアイスとかいうものを買いに行った。ヤマトゥでは実に久しぶりである。1.1kg入りで230円(消費税別)であった。嘉利由では、同じ氷が200円で5kgぐらいあったなー。少なくとも、我が家の小型冷蔵庫の冷凍室の1/2は占拠してくれたさ。なんでかねーっ? 寒い国の方が、製氷単価が高くつくというのかねーっ・・・!

○ もう六月だ。嘉利由では梅雨が明ける季節だ。何となく糸満のハーレーを想い出す。バスで行ったなあ。あのえも言われぬ青空の下で、必死に「転覆クンヌキ・レース」を闘っていた子供たち・・・。そうか、あれから、もう、一年近く経つのか・・・。北山のイジュの花、もう、盛りを過ぎたのだろうな。黒潮は師匠の乗った船を載せて・・・。きょうの泡盛は石垣の「請福(せいふく:5年:35度)」、なかなかである。明日は息子の学校の体育祭。暑いけど行かなきゃナー、などと思いつつ、さっき買ってきた氷もあるので、泡盛をもう一杯・・・。

○ この町(横浜市日吉本町)も、少々、静かになってきた。天下の大K大合格の喜びも一段落し、おなじみの五月病の高熱も峠を越してきたのだろう。そうそう、教授によっては、前期の試験を省略して、この時期にリポート提出を求めるヒトもいるという。そうだね。今ごろが丁度よいのかもね。冷水を浴びせてあげるなら。一所懸命に生きているみんな、学生一回生、そして、通勤電車で見かける社会人一回生、諸君がんばれ! おぢさん一回生だって、頑張っているのだから。・・・と言っても、古ダヌキが若駒を激励しても、あんまり絵にはなっていないかな。
2002/06/01(Sat) 晴れ