<テバコラ 第42話>


☆一筋の糸☆
                      
(2000/06/30)



清和源氏には、不思議にスターが多い。ちょっと思い返すだけで、頼光、義家、

為朝、義仲、頼朝、義経、実朝などが、直ちに浮かぶ。もちろん貴種である。

しかしながら、なぜか庶民の心の琴線に触れるものを持っている。

素戔鳴(すさのお)にも比すべき激情、鹿の仔に憐れみをかける優しさ、

虫にさえ感じて歌を詠む詩情、これらの混合割合が、普通の日本人にとっては、

丁度よい口当たりなのかもしれない。


「天下第一武勇之士」と称された義家、しかしその人気ゆえに、上皇を始めとする

公家層からは、強い反発を受ける。義家は三人兄弟であり、三人の息子があったが、

まず、弟の賀茂次郎・義綱と離反させられる。次いで、嫡男の義親が官吏殺害で

告発を受ける。多事不遇の晩年であった。義家の没後、まず長男・義親は追討される。

ついで、三男・義忠が暗殺されるが、その背後で糸を引いたとして、義綱が成敗される。

これら一連の事件の背後には、義家の末弟、新羅三郎・義光の影が見え隠れする。

結局、義家の血統は、次男・義国と、孫にあたる義親の一子・為義の二人を

残すだけになった。


義国は、父義家から譲られた足利の庄の経営に、全霊を打ち込んできた。

都の政争からは、距離を置いてきたつもりである。しかし、大貴族さえ震え上がらせた

という叔父義光、その子供たちも、この関東で所領を広げつつある。現に自分の

若いころには、義光に縄張り争いを仕掛けられた。今後とも、いつ何をされるか

わからない。亡兄義親の一粒種である甥の為義は都で任官しているが、最近、

再度の解官処分を受けている。為義の行く末も思いやられるが、何よりも、都の状況

次第では、当家に累が及んでこないとも限らない……義国は不安である。


為義には十人近い男の子がいる。八郎為朝のような暴れ者もいるが、太郎義朝の

ような切れ者もいる。それに比べて、義国には義康と義房という、たった二人の男子

しかいない。自分の叔父や兄弟を見舞ったような運命が、万が一降り掛かってきたら

一巻の終わりである。自分の家系は絶えてしまうだろう……義国は決心する。もう一人、

自分の相続人を確保しよう。幸い足利の庄に隣接して開墾してきた、新田(にった)の

庄がある。すでに美田となっている足利の庄は、二人の嫡子に経営させる。新田の庄は、

あの男の孫に相続させよう。父義家に影のように寄り添い、生涯忠実に仕え続けた

納任の孫に。


安倍貞任から三代目の子孫、納任(千代童子)の孫は、このようにして、源義国の

庶子・義重として新田の庄を嗣ぐことになった。そして、この新田義重の七代目の子孫

こそ、新田義貞である。義家から「義」の一字を、貞任から「貞」の一字を、それぞれ

受け継いでいる。まさに、「事に臨んで立たざるべからざる」名乗りである。源家の

政権を横領した北条得宗家の鎌倉幕府を、稲村ヶ崎の名将として打倒すべき宿星を

背負っていたと言える。


後世、滝沢馬琴は、足利の庄の方の相続人・義康の嗣子とされた義兼が、実は、

鎮西八郎為朝の忘れ形見・朝稚(ともわか)である、と「椿説弓張月」の中で喝破している。

だが、馬琴の鋭い目にも、安倍貞任から新田義貞へと続くこの細い糸は、さすがに

見えなかったらしい。奥州藤原氏は、すでに源頼朝によって滅ぼされている。今では、

安倍貞任に発したたった一筋の糸が、この義貞につながっているだけである。


建武の新政をめぐり、足利氏と対立を深める義貞、その行く末には悲劇が待ちうけている。