<テバコラ 第37話>
☆城北の酒場にて(果てしなき旅)☆ (2000/06/02)
A・C・クラークの児童向けSF「宇宙船地球号」を、有害図書とも知らない父親にせがんで
買ってもらったのは、小学校3年生の頃でした。詳しい筋立ては、もう、ほとんど忘れました。
地球周回軌道の母船(これが「地球号」?)に、シャトルで行き来している(何の用事?)、
明るく元気な米国少年が、波瀾万丈の冒険を繰り広げる、という話だったような気がします。
それ以来、学校の図書館から始まって、果ては県立図書館にまで通い、この種、荒唐無稽な
エセ文学ジャンルの本を漁るという、浅ましい生活を送る小学生になってしまったのです。
そのまんまの中学生になってある日、とうとう、あのSFマガジン創刊号が書店に並ぶという
事態に遭遇します。その時からは、ただでさえ乏しい小遣いをやりくりする身の果てです。
なぜなら、こんな有害雑誌は、どこの図書館も、定期購入図書の仲間に入れてくれなかった
からです。福島ナニガシという編集長の後記を丹念に読んで、反論の投稿までするという、
念の入った堕落振りです。星の流れに身をまかせ……こんな男に誰がした……
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齋○酒場、本日の盃友は高知出身のOだ。この男も同じ宿痾の持ち主で、やはり小学校の
ころ感染したという。スペイン語学科なので、時々、「ドン・キホーテこそ究極の偉大なSFだ」
などと血迷うこともあるが、あとは物静かな話し方をする真面目な青年だ。あの業病は、
こんな無辜の民にさえ取り憑く。ペスト禍に突如見舞われた時、ヨーロッパ人が感じるという、
あの不条理が実感できる。
「男子志を……、学若し……」ということで、上京を機に、Oと私は悪習慣とはきっぱり縁を
断つことを誓い合ったのだった。まっとうでムズカしい本を沢山読まなくちゃ、と考えたのだ。
SFマガジンを買い続けるのも止めて、時々立ち読みするだけにした。それなのに、
そうなのに、ああまた、あのA・C・クラークだ。この作家、まるでメフィストフェレスだ。
ヒトの人生の要所々々に、ひっそりと影のように佇んで、待ち構え、そして声を掛けてくる。
とうとう二度も見てしまった、「2001年:宇宙の旅」。正直言って、一度目はよくわからな
かったので、今日、二度目の挑戦をしたのだ。一人じゃつまらないし、何よりもみじめなので、
Oを無理矢理引っぱり出した。念のためにパンフレットも買ったし、齋○酒場でのこの
反省会の経費も含めると、本件関係の出費は、既に天文学的領域に達している。
しかも、このパンフレットの解説ときたら、あんまり良く理解していないライターが、
大慌てで書いたものらしく、奇っ怪滅裂な内容だ。また、ドブに金を捨ててしまった。
ま、しかし、二度目ということで、今日は落ち着いて観賞できたような気がする。A・C・クラーク
とS・キューブリック、という、当代の二大鬼才の無制限一本勝負というわけか。あの
オープニングの衝撃的な展開、R・シュトラウスからJ・シュトラウスへの華麗・流麗な転変。
美味しい映画とはこんなものだよという、シネマ耽美主義。HALの危なっかしくも幼い知性と、
その遠い未来の子孫を予感させるモノリス。仕掛けはたっぷり、一度や二度でわかって
たまるか、とスクリーンの裏で、キューブリックがニヤニヤしているような映画。
Oはといえば、テアトル東京の巨大さと豪華さに呑まれてしまったらしい。頭の中では、
高知の映画館と較べているんだろうな、かわいそうに。ポオの赤い部屋を彷彿とさせる
色調で統一されたインテリア。その赤い絨毯の上を、懐中電灯片手に、座席まで案内して
くれたモダンなネエチャン。そうしてシネラマの大画面。地方出身者にとっては、さぞや驚く
ことばかりだったろうな、オーオー、ヨシヨシ。ボクなんか、とっくの高校時代に、
「世界の七不思議」を見に来ているもんね。その上Oは、J・G・バラードとかR・ブラッドベリ
なんかがSFだと思っている輩だから、「2001年……」はさぞや難解だったことだろう、
気の毒に。
ボクのこのアジフライあげるから、食べなさい。煮込みも取ってあげよう。お酒もドンドン
飲みなさい。割り勘だけど。そして、互いに同病同行の身。学の方は、二人とも「もし……」
になってしまったけど、この春の宵こそ、果てしなきユリシーズの旅について、語り合おう
ではないか、友よ。
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「2001年……」以前のこの国には、「児童向けSF」なんて言葉すらなかったのです。
「馬から落馬」の類で、SFなんかは、そもそも大人が読むものですらなかったんですね。
それこそ、親兄弟・親友にも内緒、だったのです。
それにしても、それから十数年後、「2010年……」で、木星周回軌道上にあの
ディスカバリーを見つけました。この時には、キューブリックには悪いけど、思わず
涙がこぼれそうになりました。仕事を少々サボって行ったんですけど。
えっ、今回の話にはオチがないじゃないか、って言うんですか。それはもう宇宙の旅
ですから、当然無重力なわけでして。それこそオチる心配はありません。
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