<テバコラ 第36話>
☆城北の酒場にて(砂の惑星)☆ (2000/05/28)
砂漠が死の世界でないことは、ウォルト・ディズニー以来、今や常識だ。少なくとも、
月や火星に較べ、はるかに生命に満ちた世界である。さらに、砂漠に少しでも
暮らしてみればわかるのだが、そこの生活は決して単調なものではなく、緑滴る
田園地帯にも匹敵するような豊凶の変化がある。砂漠の民も、自然の恵みの多寡に
応じて、狂喜乱舞したり、あるいは逆に、落胆消沈したりしている。
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結局、6人で約三千円というのが今宵の全財産だったのだ。お子さま連中は別として、
昭和42年秋の首都圏で、おそらく最も貧乏な六人組だろう。あまりの秋の夜長に、
誰言うともなく、飲みにでも行こうよ、となったのがコトのはじまりだった。ところでお前、
金はいくらある、と例によって三々五々情報交換しているうちに、これが判明したのだ。
明日金の入るやつはいる。しかし、問題は今夜だ。五円玉も一円玉もと、6人の全財産を
動員して、やっとのことで三千円。古本屋も閉まっている時間なのでので、ブック・ローン
も駄目。しかし、状況が困難であればあるほど、飲みたい気持ちは募るものだ。
Hが提案する。とりあえず斎○酒場に行こう。こいつはいつも、こういった、頭を使わない
決断ができる男だ。乱世に生まれるべきだったのだ。しかし、驚いたことに、残りの五人も
腰を上げる。この五人は乱世では足軽か。道々策を練る。Tが交渉してみるという。
本人の将来のためにもなるので、誰にも異存はない。斎○酒場の外で待つことにした。
ここで条件が合わなければ、次は、踏切の向こうの篠○劇場横の縄のれんで交渉だ。
条件は至極簡単。充分に食わせ、存分に飲ませることだけ。
待つことしばし、Tが手招きした。OKだ。さすが常連、それとも学割制度でもあったのか?
いつものように、にこやかなおばちゃんに迎えられながら店にはいる。テーブルに着き
ながら、皆、口々にTの健闘を讃える。さすがにTだ。こやつは昔から見所があった。
やっぱり天王寺のあたりで育った男は違う。我々の生活はTの双肩にかかっている、
などと激賞の嵐である。待つことしばし、本日の3000円スペシャルディナーが到着した。
それは何かを大盛りにした巨大な皿と、琥珀色の液体を満たした一本のボトルであった。
ニラ炒め超特大と、デンキブラン(丸々一本)であった。ニラ炒めはまあ良いだろう。
もう少し盛りの小さなものなら、何度も見たことがある。しかし、デンキブランとは……、
一体どのようなものなのか。ここで、当酒場の飲み物関係のおさらいをしてみると、
お酒が65円、お銚子が90円である。さらに、ウヰスキー120円というものがあるが、
これさえ、誰も飲んだことがない。その他に、かつて関心を寄せたことすらなかったが、
デンキブラン100円也というものがあったのだ。完全に虚を突かれた感じである。しかし、
これはいったいどんな酒なのか。
改めてTの顔をシゲシゲと見る。まったっくワケがわからん、という混乱した目付もある。
誤った指導者を選んでしまった、という後悔に満ちた視線もある。Tも、多少の居心地の
悪さを感じているようだ。しかし賽は投げられてしまった。………こうして、お見合いをして
いても仕方がない………その矢先、口火を切ったのはやはりHだった。小振りのショット
グラスに取り分け、グビリとやった。そして「うまい!」、と一言。これで状況は打開された。
皆、次々に手を出す。結構、ニラ炒め(レバ抜き)ともよく合うじゃないか。この全く新たな
味覚の世界を開拓したTに乾杯。あの予算でブランディーとは。俺が見込んだ男だけの
ことはある。……厳しい日常を送る砂漠の民に、稀に訪れる、歓喜のひととき。
こっちにも、もう一杯注いでくれ。
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翌朝、ベッドの中で目が覚めたとき、口の中は砂嵐のあとのような感じだった。
何よりも、「もう一杯……」から先の記憶がなかった。
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