<テバコラ 第34話>


☆城北の酒場にて(アルコーブの影)☆
                      
(2000/05/20)



   .........。。。。。。。。。。oooooooo○○○○○


『泣くことを止めよ、と農夫は言った。誰がおまえに牛になれと告げたのだ。

ドナ、ドナ、ドーナ、ドーナ、……』。う〜ん、やっぱりそうだよ。そうさ、ジョーン・バエズは

間違っていない。誰がおまえに学生になれと告げたのだ。でもバエズはいい。日本公演も

やってくれたし。ソプラノもいいけど、あれはソプラノ以上の、天使の声だ。

耳許で歌われたらタマラない。ナナ・ムスクーリならもっといいけど。


やっと一年が過ぎた。まったく長い。やっと後期の試験も終わった、と思ったら、

そこに追試だという……マッタク、モウ。だいたい、あのH助教授は、最初から好きに

なれなかったもんな。おっと、愚痴をこぼす前に注文をしとかなければ。今日は、

社会人でいえばヤケ酒相当なんだから、冷しビールにお銚子という豪華コースでいこう。

冷しビール・お銚子各一、一挙合計270円発注という、度外れたことをやるんだ。

おばさんなんかびっくりするだろう。何か説明しとかないと、競馬に手を染め

始めたんでは、なんていう余計な心配をかけそうだな、ヒゲの濃いO先輩みたいに。

ここの湯豆腐も定価100円にしては、冬にあわせて新鮮な白菜とネギを入れてくれている。

小皿には醤油、鰹節、きざみ葱で、ハフッ、ハフッだ。七味はお好みで。


しかし、湯豆腐でお銚子をやっていると、何となく悲しくなってくる。フン切りのつかない、

アンバラな性格の自分。こんなんじゃあ、お銚子(90円)が可哀そうだ。ここまでヤケなら、

「まぐろ刺」をいくしかないだろう。まぐろ刺ですよ。当店最高峰の300円だ。どうせ

今宵はヤケ酒じゃ〜ぃ。「かつを刺」の季節以外では、最右翼に札が掛かっているという、

横綱・「まぐろ刺」。みんなビックリするぞ。でもね、刺身じゃなくて「刺」っていうところが

面白いよね、この店。

 『「刺」ィ〜だけで、身がないアタシのこのつらさ、世間〜ン、身がなきゃ蓋もない』

って杵屋の次男坊あたりに唸って貰えそうだな、これは。


 …………


でもあのH助教めっ、あんな問題を出しやがって。しかもたった一問、ときたもんだ。

「壁龕(アルコーブ)の中にバケツがある。そこに図示せる方向から日光が当たる。

ここで、バケツ中に生ずる影を作図せよ」、だって。アルコーブの中に、普通、バケツを

置くか?こんなところに誰が置いたんだよ、このバケツ! マリア様の像とか燭台を

置くんだろうが、通常! 結局、まーったく判らんかったもんね、ワシら。仕方がないので、

『光とバケツとアルコーブ、まさに三位一体、この出題お美事!父と子と聖霊の

おぼし召しのままに。なお、偶像は厳禁されているので、解答はご遠慮いたします。』

って書いておいたけど。


でも、Hのヤツも少々いいところもあるのかな。こんな答案でも青不可をくれたよ。

いや、少々どころか結構いいヤツかな。赤不可なら、必修科目だから留年確定だけど、

青なら、追試を通るか、次の前期にチャンとした成績をとれば単位をやろう、だってさ。

どうしよう。追試をとるか、来期大勝利を期すか、二つに一つだ。え〜ぃ、もう一本いこう。

今度はお酒(65円)でいいや。それと、迷っていたまぐろ刺の件は、今日はきっぱり

止・め・と・こ。決心がついたぞ。「明日で間に合うことを今日するな」、なんだ。

追試なんか受けずに、来期の、もっと立派になっているに違いない自分を信じよう。


  ○○○○○oooooooo。。。。。。。。。。........


「図学」って知ってますか。きっと今はもうありません。かのユークリッドに淵源する、

伝統と光輝に満ちた学問(?)でした。よーするに、定規とコンパスだけで画を描き、

物を造るという、あの中世ヨーロッパのギルドの技術です。コンピュータはおろか、

電卓すらなかったんですからね。