<テバコラ 第32話>


☆城北の酒場にて(初心)☆
                  
(2000/05/15)



城北に斎○酒場という居酒屋があります。ここは来年で創業70年になるそうですが、

その昔、店がもう半分くらい新しかった時代に、よく通っていました。駅のすぐそばで、

寮への帰り途にあたり、そして何と言っても安さ、これが貧乏学生にとっては魅力でした。


飲物は、ビールが大小に、清酒は一・二級、デンキブランとウヰスキー、といった

ところです。寶焼酎はあったのかどうか、ここでは飲んだことがないので記憶に

ありません。誰でもすぐに覚えるのですが、清酒の注文は「お酒」と「お銚子」という

符丁になっていました。正味一合、「お酒」が二級で65円、「お銚子」が一級で90円

というわけですが、これらも、もはや死語の仲間に入ってしまいました。

なお、ビールは、ただのビールではなく、「冷しビール」でした。


   .........。。。。。。。。。。oooooooo○○○○○


もう秋も深くなった、ガッコウ帰りの寄り道・道草。この店にはこの年の夏頃、初めて先輩に

連れられてきた。男同士というのは不思議なもので、別に一緒に飲みたいから連れて

来るとは限らない。自分がこんな店を知っている、ということを見せたいだけで、

後輩を引っ張ってくることもある。


涼しくなった証拠に、品書きに湯豆腐が登場している。あれから何回か来たけど、

いつも一番安い「冷や奴80円也」専門だった。さすが湯豆腐、何と、100円の値が

付いている。本当はそんなにフトコロが暖かいわけじゃないけど、今やこれが、

一番の廉価メニューということだ。「お酒」と一緒に注文する。


ここの客は、圧倒的に近隣の人々だ。商店街の人はあまりこないので、工場の人とか、

学校の先生風とかが大部分。学生もあんまりいない。もっとも、近頃の学生は、

どんなモノかは全然知らないけど、六本木あたりの絨毯バーとかに行っているらしい。

貧乏学生は、しっかり少数派になってきている。


去年くらいから、早稲田も慶応もと、大学ストライキばやりだ。ベトナムでは相変わらず

空爆だし、お隣の大国では紅衛兵とかが連日派手にやっている。大学生協の書店には

毛沢東語録という、赤尾の豆単みたいな赤い本が山積みだ。実は、今日はそれを

一冊買ってきた。みんなに見られると恥ずかしいので、この酒場でこっそり読もう

という魂胆だ。


テーブルなので、隣のおじさん達とは、時々肘がぶつかる。今日のおじさん二人連れは、

着流しに下駄履きという、この店ではあまり見かけない出で立ちだ。さっきから、

赤い表紙の本を眺めているこちらをチラチラ見ている。いくら世間知らずのテバでも、

ちょっとマズいな、と思い始めた矢先、おじさんは遂に行動に出た。何と、新しいグラスを

頼み、こちらにビールをすすめてきたのだ。


ちなみにビールは高い。大で180円だ。先輩と来たとき飲んだのが最初で最後だ。

何で?という疑問は間もなく解けた。おじさんが質問を始めた。

 (お)学生さんかい?

 (テ)はい。

 (お)学校帰りかい?

 (テ)はい。

 (お)こういうところはね、まっすぐ来ちゃ駄目だよ。風呂に入ってからくるもんだよ。

 (テ)は、はい。

 (お)ま、いいや。今日は飲みなさい。


  ○○○○○oooooooo。。。。。。。。。。........


おじさんたちは、この店の客筋の中では上流に属する、いわゆる職人さんたちだった。

自分で頼んだ湯豆腐の味も、おじさんたちが折角すすめてくれた、滅多に口に入らない

あれこれの味も、途端に判らなくなったのだった。