<テバコラ 第30話>


☆雀のお宿☆ (2000/04/27)


桜前線と抜きつ抜かれつ、タケノコ前線も、この列島を北上中です。

この季節にあたり、思うことあり、です。もう30年ほど前になりますが、この時季、

伏見のあたりで、淀川の川下りの起点にもなっていたという、由緒正しい

(そのかわり古ぼけた)船宿で、筍をいただいたことがあります。その時受けた

味の衝撃というものは、今でも克明に覚えています。


味付けも、関東流とは違っていたのでしょう。パラパラ散らしてある山椒の葉も、

得もいわれぬ香りでありました。しかし、何といっても、伏見の旬の筍の

口当たりのやさしさといったら……それは、筍には筋があるといったことを

感じさせません。縦に噛もうと、横に噛もうと、いやいや斜めでも結構……

その歯触りのまったり振りといったらありませんでした。


それからというもの、この季節にあのあたりを通りかかると、電車の窓から

青々とした竹林を見ては、生唾一斗、飲ミ込ムコトヲ禁ジ得ザル、パブロフの

テバになってしまったのです。


K君は、電子デバイス製造関係の某社に勤める、25才独身の九州男児です。

明るい性格の好青年です。彼のお得意さまの社長も、彼を気に入ってくれたらしく、

昨年の春、T葉県内に所有する竹林でのタケノコ狩りへと、招待してくれました。

集合は朝九時現地。行ってみると、四十人近い招待客であったようです。挨拶、

注意事項等が延々とあったそうですが、K君は、上司から借りた山芋堀用の

あの道具を手に、闘志満々でした。


いよいよ戦闘開始です。社長さんの案内で、粛々と竹林に入っていきます。

しかし、ここで、「それ」は起こりました。何と、その社長さんは、メンバーの

一人一人に、君はこれ、あなたはこれ、あ、○○さんの奥さんはこれ、と、

掘り起こすべきタケノコを一本一本指定し始めたのです。もちろん、それは立派

なタケノコばかりです。1メートルを下回るものはひとつもなかったそうです。


誰かが、指定以外の、ちょっぴり頭を出しかかっているような、セコイものを

掘ろうとすると、社長さん、またはその奥様が、厳しく制止にかかるのだそうです。

ひとつ掘り出すと、また次に掘り出すべきものを指示していただくことになります。

あっという間に、K君の手許には30キログラム近い竹の子がたまってしまった

ようです。もちろん、1メートル超級の竹の子ばかりですから、気にするほどの

本数ではありません。


よくよく観察していると、メンバーの大部分は、社長さんの会社の社員および

家族であったようです。なかには、「毎年毎年こんなコトを……」と、呟きながら

作業している奥さんもいたそうです。そしてやっと、K君にも、この竹林がここまで

見事に手入れされている訳がわかったそうです。


K君は電車で行ってしまったため、帰りも総○線を、三十キログラムの竹の子と

一緒に帰りました。周りの目も気になるので、グリーンを奮発したそうです。

それでも意地の悪い竹の子は、黒いビニール袋を突き抜けて、あちらこちらから、

ちょこちょこ頭を出しては、本当に難儀をさせてくれたそうです。


社長さんの前世が雀だったとすれば、K君の前世は、あの糊造りのおばあさん

だったのでしょうね、きっと。K君は、今年の連休にも、竹の子狩りに招待されて

いるそうです。でも、今年は、どんなに渋滞していようと、車で行くことに

しているそうです。