<テバコラ 第20話>


☆ティグリス、ティグリス!☆(2000/02/05)

       − ニッポニア・ニッポンへのレクイエム −

トラ、学名はパンテラ・ティグリス。パンテラは「吼えるもの」、ティグリスは弓矢の

「箭(や)」を意味するという。この動物の獰猛・俊足なありさまをよく表している。

ディオニュソスという神は、オリエントに発生し、小アジアを経てギリシアに

渡ってきたが、同時に、ぶどう酒の製法を伝えたことで知られている。

その旅の途次、中近東の大河を二輪の戦車で渡ったとき、これをトラに

曳かせたという。その大河は、現在ティグリス川として知られている。

トラに曳かせた戦車というのは、東方起源の荒ぶる神としてのディオニュソスに、

いかにもふさわしくて面白い。なお、ティグリス川の上流部には、

ティクリットという(獰猛な?)山岳部族が居住しているが、この一族から、

あの「誤算の天才」と呼ばれている現イラク大統領が出ている。


トラはネコ科に属するが、八つの亜種が知られている。これらのうち、

カスピ海周辺、ジャワ島、バリ島に棲息していた三つの亜種は、

近年見かけられたことがなく、絶滅したと考えられている。

残る五つの亜種の生息数については、シベリアトラ250頭、

中国トラ(支那虎!?)50頭、インドシナトラ(ハリマオ!)500頭、

ベンガルトラ2700頭、スマトラトラ300頭、という推計がある。

もう少し強気の推計でも、世界計7500頭位で、いずれにせよ、極めて少ない。

かろうじて「虎口を逃れ」ていたはずの人類が、数十億頭(人)という大繁栄を

誇っているのに対し、余りにも少ない。しかも、ある推計では、

毎日一頭以上の割合で姿を消しつつあるという。ここでベンガルトラだが、

これはインドトラとも呼ばれ、学名はパンテラ・ティグリス・ティグリスという。

いわばトラの中のトラである。キプリングの『ジャングル・ブック』の中で、

主人公モウグリと死闘を繰り広げた、あのシーア・カーンもベンガルトラである。


シーア・カーンに限らず、トラは繁殖期以外は単独で行動するものらしく、

集団行動主義のライオンに比べ、孤高のイメージが大変に強い。アジア固有の

この動物は、畏れをまじえた崇敬の対象とされつつ、人々との付き合いは長い。

虎口の他にも、「虎児を得る」、「騎虎の勢い」、「虎の尾を踏む」等々、

数多くの成句が今でも使われている。


当然、トラは、ワシントン条約の中でも、トップランクの附属書Tにあげられている。

絶滅のおそれのある種のうち、特に厳重に取引を規制すべきものとして

指定されているのである。したがって、生きた虎が見られる場所は、原則として、

野生の環境か、公共の動物園などに限られるはずである。しかしながら、

虎の毛皮は何といっても大層美しいし、ある民族は虎の骨や脂の薬効を

いまだに信じていたりで、たとえ死んだ虎でも1頭20万ドル近い値段で、

密かに取引されているらしい。


「池○動物プロダクション」とかいう動物貸し出し(?)会社で、飼育されていた

ベンガルトラが、従業員を襲ったという。あらゆる法律上の手続きを無視して、

二年ほど前から飼われていたらしい。従業員は死亡した。

 …………茨城県東海村JCOのパラレル・ワールドが、東京都町田市の

IDPにあったのである。この国のいろいろなところに、大小無数、この手の

JCO・パラレル・ワールドがあるのだろうか、という気がしてきた。

そこでは、ある立場の誰かは、はっきりと、マズいことをやっていると認識している。

しかし、儲かるのだからやめられない。そして、被害者は従業員であり、

住民であり、ベンガルトラであるということになる。


ネヴィル・シュートの「渚にて」を思い返す。刻々と破滅に向かう人類。光もなく

音もなく滅びがやってくる。天変でもなく、地異でもない。破滅を作り出したのは

人類自身なのだ、という痛切・痛恨の悲しみ。

 ……茫洋と蒼く広がるベンガルの海、その渚にたたずむのは誰なのだろう……



(後記)映画の「渚にて」については、駄作だという人が多いようです

    私は、G・ペックの主演作品の中ではましな方だと思っていますが。



    今回は、霊峰富士のHAL仙人のご示唆があり、表題を改題しました

    表題だけでも、A・ベスターの名作「虎よ、虎よ!」の顰みに倣って。