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☆- カリタンタン -☆

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[ かりゆし(続) ]
しかし、まだまだ用法は複雑なようです。もしも、あなたがサバニに乗って出港するなら、見送る人は、

 「かりゆし!」

とだけ言って済ませるようです。なぜなら、あなたの運命は、あなたの技術に全てがかかっているからです。しかし、もしそれが、ジャンボ旅客機やタイタニック号のような、あなたの力では到底制御できない乗り物に、一介の客として乗り込むのであれば、送る言葉は、

 「だんじゅ、かりゆし!」

となるんだそうです。
2001/02/27(Tue) 晴れ


[ かりゆし ]
このコーナーのタイトルの元にもなっている、「かりゆし」(嘉例吉、嘉利吉)という言葉のことです。目出度い、縁起のよい、幸福な、という風に理解していました。それはそれで間違いではないようで、たとえば

 かりゆしぬあしび うちはりてぃからや
     ゆぬあきてぃてぃだぬ あがるまでぃん

などの場合は、そのあたりの解釈で十分なようです。

しかし、この言葉には、もう一つ、大変に切ない使われ方があったようです。戦後、荒廃した沖縄から、多くの県民が海外移住していったのですが、そのとき交わす別れの言葉にも使われていたようです。

 「ちゃー、かりゆしよー」

もう二度と逢えない……そんな響きが伝わってくるようです。
2001/02/25(Sun) 晴れ


[ ニンガチカジマーイ ]
今日からは旧暦の二月、いよいよ、カジマーイの中でも最も恐れられる、ニンガチカジマーイのシーズンである。北風が北東風、東風へと順に変わり、ついで、南風とベタ凪がやってくる。釣りにももってこいの上天気である。しかし、この後、風向きが西に変わると、北西の水平線上に黒雲が湧きだし、猛烈な嵐がやってくるという。

天気図上でいうと、台湾坊主が西から東に通過する現象で、これを地(海)上の一点で見ていると、風向がぐるっと一回りするので、「カジマーイ」と呼ばれる。特に激しいのが旧暦二月のもので、これがニンガチ(二月)カジマーイである。冬至から86日目が特異日とされる。今年でいうと、3月17日(新暦)がこの日にあたる。

たしかに、この季節、凪に近い晴れのあと、急に、強い風と雨がやってくることが多いような気がする。風の島に住んでいると、少しずつ風に敏感になってくるようだ。今日は南風らしく、空港では、北から南に向けて、旅客機が離着陸していた。明日は雨かな。

   カジマイの 空へと友を 見送りぬ
2001/02/23(Fri) 曇り


[ 愛機 ]
寝食を共にしてきたGT−8500が、わがマンションを去りました。今時のパソショップでは陳列スペースもないほどの、巨大な機械(!)ではありましたが、えらいコマイところまで調整のきく可愛いヤツでもありました。まあ、ある種の名器だったんですね。次の人生でも、良き伴侶に恵まれんことを。

Ganot collctionの画質が落ちたら、当分、そのせいだと思ってください。なんせ、後釜のスキャナが使いこなせていないのです。機能的にはそんなに遜色はないんですから、段々テバの腕が上がることになるのでしょね(と信じましょね)。

ところで本日の那覇、豪華な五月晴れでしたよ。昼休み、ついつられて海岸まで散歩したら、例の、薫風が香っていました。スギの花粉もないせいで、嗅覚なんかの感性が正常化してきたのでしょうね。
2001/02/21(Wed) 晴れ


[ 観光で来られる方に ]
決して、「海人」(ウミンチュ)のロゴの入ったTシャツを着ないことをお薦めします。このシャツを着た観光客こそ、お土産屋さんには格好のカモなのだそうです。ペアルックもありますが、これを着用に及んだカップルなんぞは、ますます危ない。「一万円のところを、八千円でいいよ」などと、にわか観光タクシー屋さんが寄ってきます。本当は、メーターでいけば、五千円ぐらいなんですから。

もっとも、世界中どこでも、こうしたことこそ観光だ、という面もあるんですけどね。
2001/02/20(Tue) 晴れ


[ カシラ・アオタケー ]
やけに細長いペンシルビルの壁面に、カシラアオタケーという文字が、上から下に並んでいる。う〜ん、「カシラ」が「アオタケー」するのかな。それとも「カシラ」な「アオタケー」なのかな。いずれにしても琉語は難しい……。しかし、この問題は、間もなく解けました。ペンシルビルだったので、二行に分けて書けなかったらしいのです。従って、一字置きに読むと意味が復元されるのです。

では、次の問題。次の唄の題名を当ててください。三番まであるうちの一番です。

アーンマヤ、チャーシーガー チューン、チャシーガー
クヌ、トゥンドーカイ チューン、チャシーガー
トゥドゥーカーヌー、ニゲーンチ ワカーヤーガーチ
ムシカ、クヌフニ ムシカ、クヌフニ チムーヒカサリティー
2001/02/19(Mon) 晴れ


[ スーパー・クースー ]
泡盛の三大特徴は、@人を夢中にさせる、A人に反省を強いる、そして、B人をして思索せしめる、というところにあります。つまり、泡盛と付き合うことで、人は順に、愚者→思索家→哲学者、になるのです。ヤマトの酒では、せいぜい、@からAの半ばまで、つまり社会的落伍者としての批判を浴びる段階までが限界です。

事の始まりは、12年間、タイム・カプセル(と称するもの)に保存されていた泡盛の発掘です。これが、議論・論争・試行の嵐を招来しました。詳細は後日報告とさせていただきますが、ヤマトの酒に、これだけの問題提起のモティベイションを求めることは、多分、不可能事です。
2001/02/18(Sun) 晴れ


[ 文法の基本 ]
テバも迂闊でしたが、教えようとしない周りも悪い。文法の基本は数詞でした。それでは、いってみましょう。

一 ティーチ
二 ターチ
三 ミーチ
四 ユーチ
五 イチチ
六 ムーチ
七 ナナチ
八 ヤーチ
九 ククヌチ
十 トゥー

これが暗唱できれば、それこそ第ティーチ歩(変?)ですか。
2001/02/17(Sat) 晴れ


[ 首里も満開 ]
首里の辺りを通りかかったら、寒緋桜が、ちょうど満開になっていました。本当に不思議な桜で、本島では、北の方から半月以上もかけて、開花前線が南下してきます。ところが、先島では、先々週、すでにかなりの開花度でした。ひょっとしたら、首里が一番遅いのかもしれません。

嘉利吉の島は今が真冬です。真冬というのは、本土では、一番寒い季節を指しますが、ここでは、暑かったり寒かったりする時季のことのようですね。来沖される方々も、日によって「すごく暑い」から、「思ったほどでもない」の間を揺れ動きます。

聖バレンタインの祝日です。

  防人(さきもり)の 淡き義理にと チョコひとつ

「ひとつ」というのは、文学的創造で、実はもう少し頂きました。「義理に」というのは、フィクションではありません。残念ながら。 
2001/02/14(Wed) 晴れ


[ やっと第一章概成 ]
Ganot改築、第一章分概成。ああ、しんど〜

そういえば、この「概成」って単語、Atok13では出てこなかった。考えれば当たり前で、概成状態のFEPなんて、役にも立たないし、買ってくれるヤツもいない。でも、振り返って我が人生、この概成っていう言葉には、数限りなくお世話になっている。いわく「3月中には概成させます」、「おかげさまで、本日、概成いたしました」、「ここさえ完成すれば、概成です」……とかね。でも、飲み屋のつけだって、耳を揃えて払うのであって、概成で勘弁してもらった、なんて話は聞いたことないぞ。

こんな言葉がすんなり出るようじゃ、結構、人生誤魔化してきたのかな。
2001/02/12(Mon) 晴れ


[ 雨、雨、降れ降れ、もっと降れ ]
どうせ、雪やアラレになることはないんだから、結構でございますよ。

今日から数日の那覇は、雨という予報のようですが、たまにはいいもんです。夏の盛りにカリタン生活を始めたのは、つい、この間のような気がします。が、早くも真冬です。あと半月もすると、こちらではベストシーズンと言われる、「うりずん」、そのあとには「若夏」が訪れます。どんな季節なんでしょうね? わくわくして待っているのですが。

海には魚が満ち溢れ、ビーチには女の子が山積……どうもレベルの低い季節感で、申し訳ありません。

以前、大阪の北河内の方でオツトメ(塀の内側じゃありません)をしていたころ、淀川の向こうの北摂・六甲の山並みが、何ともいえない夕焼けに染まるのを、アタマを空っぽにして、飽かず眺めていたことがありました。しかし嘉利吉の邦のサンセットときたらこれはもう、……、イメージぴったりの写真を拾ったので、表紙を替えてみました。

(懸案の、Ganot改築にも着手しましたが、辛気くさいというか、亜熱帯のメンタリティに合わないというか、……、これはもう、毎日が雨じゃないと進みませんね。)
2001/02/10(Sat) 雨


[ ジュウルクニチ(十六日) ]
今日は旧暦の正月十六日。先島(宮古、八重山)の方では、後生(グソー)正月といって、先祖の墓に詣でて、泡盛やご馳走を供えます。お墓は、例の亀甲墓で、その前にゴザなどを広げ、三線を奏で、踊りも始まるといった、宴会的状況になるようです。ちょうど、寒緋桜が満開の島もあるんでしょうね。

元々は、十四世紀に福建(ビン?)から移住してきた、久米三十六姓の習俗だったようです。そういえば、南向きの陽当たり良好な土地に広々とした墓、といった景観は、東南アジア共通のものですね。だんだんお墓が増えてくると、生きている人は、陽当たりの悪い場所に追い込まれていくんですが(マラッカあたりの話です)。
2001/02/08(Thr) 曇り


[ クーラー、ついにダウン? ]
女の子たちが、まず騒ぎ出した。辛抱強い沖縄の娘(こ)たちにしては、珍しいことだ。「クーラー、冷房になってます?」ときた。本当に、まあ、2月7日の質問とは思えない。仕方なく調べてみると、確かに冷房モード、風量最強、室温最低にセットされている。打つ手なし。

窓を開けると、悪名高い渋滞国道58号線の排気ガスが、どっと入ってくる。しかも室内より暑いのだ。慌てて閉める。一体これは何だ。しょーがない。上着を脱いで、腕まくりして過ごすのが精一杯。嘉利吉の島に来てからは、健康のために熱いお茶に決めていたのだが、今日ばかりは降参、「冷たいのお願いね」。

夕方になって原因が判明した。本日の最高気温25.2度、四月なみの気温だという。しかも気象台は、われわれの建物よりは、ずっと涼しい所にある。すると、このあたりは27度ぐらいにはなっていたはずだ。旧暦では一月十五日なんだよね、今日は。
2001/02/07(Wed) 晴れ


[ 頭の悪い弱虫の話 ]
今日は、この話で持ち切りだった。在沖米軍四軍調整官(中将)という、実にエライ方が、身内(複数)にメールを送ったらしい。米兵のスカートめくり撮影事件に抗議して、議会が行った決議を、知事や市長は傍観していた。こんな知事や市長は、頭の悪い弱虫だ、という内容のシロモノらしい。

折しも、お隣のU市では、基地問題も争点のひとつとした、かなり熾烈な市長選が戦われているところである。こんな時期に、身内(のつもり)とはいえ、多数の人間宛てに、こんなメールを打つヒトは、頭の良いヒトなのでしょうか。天網恢々。結果、U市の有権者に、相当の影響を与えたことは、間違いないでしょうね。

また、表向きは、知事にも市長にも、わざわざ訪ねていって、深く陳謝しているのです。よっぽど屈辱的だったのかも知れません。ハラワタが煮えくり返っていたのかな。それにしても、メールで憂さ晴らしをするなんて……一軍、もとい、四軍の将としては、ちょっと内弁慶(弱虫)すぎると思うのですが。

あまりにも皮肉な話なので、つい、いつものテバ・トーンから脱線してしまいました。どっとはらい。
2001/02/06(Tue) 晴れ


[ 大琉球・大快晴 ]
一日中、大快晴、最高気温24度。
海はベタなぎ。波ひとつなし。
潮は中潮〜大潮、文句のつけようもなし。

暑い・暑いとクーラーをつけているのが空しい。

海に向かって叫ぶ、
船長ぉ〜、釣れたかぁ〜、
2001/02/05(Mon) 晴れ


[ 初釣果 ]
やっと天気も整い、無事出港することができました。主なる成果は、

アカジン(アラ) 並1
ガーラ(アジ)  大1
シルイユ(白鯛) 中1、小1

アカジンが再びテバにかかった時は驚きでした。なぜ一人の人間だけがいつも……。近いうちに、資源保護、安全保障等の観点から、東シナ海周辺諸国の諜報活動が活発化すると思われます。それにつれて機密費も沖縄に注ぎ込まれ、各国のスパイが暗躍し……

ま、そこそこの釣果で満足です。
2001/02/03(Sat) 晴れ


[ やいま ]
八重山に行って来ました。仕事なので、本当に行きたい小さい島々は後日回し。石垣島と西表島だけでした。

え〜、一言でいって、宮古とは人情・風俗が相当違いますね。どちらがどう、とは言いませんが。
2001/02/02(Fri) 曇り

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[ 管理者:テバ 著作:じゃわ 画像:牛飼い ]