朱鷺の玉手箱 3


   訓  練   by ハル   1999/12/15(Wed)



世の中には、尋常ではない感覚を有する人が時に存在する。


たとえば味覚


鞍馬の湧き水と丹沢の湧き水を「利き水」して、判別できる人もいる。

すっきり芯の通ったふくよかなまろみがあり、潔い後味がふっと

消えていくのが鞍馬の水、丹沢の水はやわらかくたゆとう朝霞の如く

かすかな甘味が舌をくすぐりそれがふっと消えてゆく・・・・・


江戸時代には、粋人たちの間に「利き水」を競う典雅な遊びが

あったという。

利根の上流の水、多摩の上流の淺川の水、酒匂川の水源の水を

ぴたりと言い当てたという記録が残っている。



ワインの鑑定も、葡萄の種類、生産地、収穫年度はもちろん容易に

判定できるわけで、超絶的味覚と嗅覚の持ち主たちは、生産した

シャトーはおろか、使われた葡萄がどこの畑で収穫されたものかまで

判定するという。


次に、聴覚


今やすっかりデジタル化がすすみ、アナログ時代とは異なり音源や

再生装置のよる差が少なくなってきた今日この頃ではあるが、

どっこい超絶的聴覚の持ち主たちはかすかな違いをしっかりと

聞き分けているのである。



かつて、アナログレコードの再生時にターンテーブルの回転むらや

モーターの微かな振動、ピックアップの動きのスムーズさを聞き分けた

耳は、現在CDプレーヤーの電源の差を聞き分けている!


曰く、東芝の乾電池は、高音の抜けがいい、日立は低音域に強い、

SONYは柔らかな音をだすが全体がすこしボケ気味である、

ナショナルはカセットテープの再生に向いているがCDに使うと

重量感に欠ける、等々。


究極の聴覚の持ち主は、さらに乾電池を生産した工場の違いまで

判別できるという。


「松戸の工場長は先月愛娘が結婚して以来、すっかり気落ちしたのか

今月の乾電池には低音に力が無い」


「はぁ・・・・・」


まあ、これは神のごとき聴力をもってしてはじめて可能な技であって、

われわれ凡人には到達はおろか、想像すら出来ない領域の話では

ある。



われわれにも、訓練しだいで可能な、それでいて周囲の拍手喝采を

あびること確実な芸がある!



それは、「瓶ビール聞分け」である。


晩酌のおり、または居酒屋、小料理屋等でビールを楽しむ時、

漫然と栓を抜き、漫然と飲み干しているのは、森羅万象の根源を極め、

宇宙一切根源の法を求めるわれわれの生き方ではない!!



五感六感を研ぎ澄まし、知力体力精神力を振り絞って耳を澄ますのである。

シュポッ!とかろやかな素敵な音を立てて、ビールの栓が抜かれる。

その音をしっかりと前頭葉に刻み込むのである!

綺麗な奥様やしかるべき職業に従事されている美しい女性の横顔や

指先などにはゆめゆめ目を奪われてはならない。


その音にのみ全神経を集中するのである。

さすれば、やがてある日、あなたにもビールの銘柄による差が

聞分けられるようになる。


シュポ! シュポッ! ポン! シュポン! シュポ

「アサヒ アサヒ(スパードライ) キリン エビス サッポロ!!」

「正解です!!!」



満座の拍手喝采はあなたのものである