錬金術(7) 「正統・異端」論

(2003/03/02)


カエサル譚の続きは、次回に送ることにしましょう。ここでは、錬金術をめぐる正統・異端問題に

触れておかなければなりません。錬金術(alchemy)が、現在まで続いている化学(chemistry)の

直近の先代であったことは有名です。ここで考えておかなければならないのは、錬金術が化学に

転換・変質する条件は? ということです。科学史家が世過ぎや金儲けのためにする論文では

ないので、簡潔にテバ的結論だけを述べておきましょう。これは、どうもですね、思うところに

過ぎないのですが(自信がないナ)、膨大な数の在野の仮説提出者たちと、その仮説を検証する

ための少なくともひとつの正統アカデミズム、これらの二頭立て体制が必要だ、というような気が

しているのです(ちっとも簡潔じゃないナ)。


一般相対性理論なんかは、その典型でしょう。世間的には無名だったベルン特許許可局(?)の

アインシュタインが、光速度一定と時空間統合の仮説を提出しました。これは、当初、荒唐無稽だ

とのレッテルを貼られたようです。しかしその後、エディントンを始めとする英国の王立天文学会と

王立協会のグループが、皆既日食を利用して恒星の位置のズレを写真乾板上に記録したのです。

このことで検証がなされたわけです。それからというもの、誰も理解できないけど、誰もがみんな

知っている相対性理論が、世界を席倦したのです。アストロボーイも、あの小さな身体で、何と、

10万馬力を出せるようになったのです。


ここで大変気になることがあります。仮説提出者は、玉石を併せると星の数ほど出現するのですが、

正統アカデミズムは、常にあるわけではないだろう、ということです。あるいは、アカデミズムは沢山

あっても、正統なものはレアであるということかも知れません。もし、アカデミズムが異端なら、・・・

異端の(自称)天才が提出した仮説だって真理として罷り通ることになります。テバが思っているのは、

あの近隣某国で失敗したトウモロコシ普及運動のことです。天才的政治指導者・パパKが、ある日突然、

トウモロコシこそわが国の風土に合う農作物だ、と断定したようですね。ところがあの国の土壌や水利、

そして気候には、「まったく駄目」だったようです。


鋤鍬さえ持ったことがない革命的指導者の農業理論だったのですから、これをチェックしてあげなければ

いけなかったのです。これこそアカデミズムの責任でした。何でもふんだんにある国ということですから、

北朝○植物学会、農業学会、果ては全農連トウモロコシ部喜び組なんかもあったのではと思われるのです。

彼らは、この不思議な理論を、キチンと検証してあげるべきだったのです。ところが、収量があがらないと、

「ならば」とばかり、山麓・山腹までトウモロコシ畑にしてしまったようです。あの只でさえガチガチの土壌を

ひっくり返して、風に曝し、パラパラにしてしまった。わずかな雨で耕土は流されてしまいます。追い打ちをかけ

河川の川幅を狭めてまで作付け面積を増やした。これでは、大水害が起こるのは当然なのですね。水害は

凶作の原因ではなく、共に、人災の結果だったわけです。それというのも、大天才様の農業理論が無批判に

まかり通ったことが始まりでした。


その点、核物理学者なんかは恵まれていたようです。いくら大将軍首領様でも、こればかりは、マ〜ッタク

モ〜っというくらいに、理解できなかったろうし、ま、ほとんどの取り巻き老人たちも同様だったろうから、全てを

学者任せにしておいても、権威にキズがつく心配はない、ということだったのでしょう。その隣国の某大国でも、

東方紅のMさんなんかが、農業は大塞だとか工業はどこだとか、鉄鋼は土法炉だとか、細かく口出しをし過ぎ

経済を傾けています。こういうのって日本ではあまり見かけません。あえて喩えれば、SON*やTOYOT*の

(執行役員兼)工場長に、そろばん一筋でやってきた、銀行の地方支店経理課長を充てるような話なんですね。

無謀の一語に尽きるのはおわかりのことと思います。


仮説と検証の循環
あるいは
人民を蝕する首領

(ウロボロス)


大祖国戦争から1950年代半ばまでのS連邦の生物学を支配したルイセンコという人はすごいですね。

この人はあの時代、あの国に、異端アカデミズムの大伽藍を構築し、その法王(総裁)にまでなりました。

当然ですが、グルジア出身のS書記長には、随分と可愛がられたようです。可愛さの余り、ルイセンコの

学術論文を、S書記長が手直ししてあげたこともあるようです。二人が夢見たのは、大改革の末に、黄金の

麦実るロシアの大地であったのでしょうね、きっと。この人の進化論は誰にでも判るようにできているので、

ご紹介しておきましょう。まあ、ざっくりと要約させていただきますが、以下のようらしいです。


『メンデルは誤っていた。彼が唱えた遺伝子は実在しない。遺伝子論者は、存在しないものを研究する

がゆえに、すべて「観念論者」として排除されるべきである(シベリアの収容所へ送る!)。遺伝的形質は、

ラマルクやミチューリンが説いたように、生体(社会)を構成する粒子(人民・労働者)によって伝えられる。

古い条件が変化する(粉砕される)と、遺伝構造に変化(粉砕)が生じる。新しい望ましい環境(政治理念)は、

新たな望ましい形質の獲得につながる。このことは生物に、直ちに、新しく望ましい変化をもたらす。

メンデル一派が5年かかると称している品種改良も、ルイセンコ理論では、たった2年で達成できるのだ』


まあ、ロシアンブルーの極致というのか、ディープの深部の底というのか。あの大国から、真っ当な

生物学者・教師・学生を一掃しただけの理論ではあります。品種改良は? もちろん、最後まで「達成」

されませんでした。一方、東方紅M大人とかパパK大将軍様とかは、これを唯一の手本としていました。

彼らにも判る理論だし、なにも生物学に限らず、社会活動のあらゆる分野の指導理念が、用語部分を

入れ替えるだけで、次々と出てきます。便利このうえなしの天晴れな哲学であります。一国の隅々に

及び、人民の運命まで変えてしまった、土法炉普及令やトウモロコシ作付令なんかも、この思想を

根っ子に抱えていたのでした。


どうです? 全部、20世紀の出来事なんですよ。とすると、蒸留器(ランビキ)が質量分析機まで進化したり、

土水火風論が素粒子論に大化けしたり、こうしたことは、実に奇跡的な出来事だったのです。ひょっとすると

我々は、いまだに錬金術・練丹術の世界に生きていたかも知れないのです。ところで、錬金術にとっての

正統的アカデミズムの機能は、一体誰がどこで果たしてくれていたのでしょう・・・それは意外なことですが、

修道院の中にあったのでした。あのキルヒャー尊師などを代表とする、ジェスイットの科学といったものが、

このチェック機関の大宗であったのでした。あのメンデルも、アウグスチヌス派の修道士でありました。


現代風に見て正統な学会や協会は未成立の時代でしたが、錬金術は近代化学へと、緩やかですが確かな

軌道変更を開始できたのです。ガリレイに対しては、地動説を撤回させたあの教会、その獅子の身中に、

このような、近代科学の産婆役的機構が存在していたのです。歴史の奥深さ、あるいは、西欧文明の

超重層性を思わせる出来事ではあります。そして、「その金を寄越せ」とか「あの金を返せ」とかやっていた、

ケルト、ゲルマンあるいはローマ人の子孫たちこそが、その担い手になるまでに成長してきていたのです。

ロシア、チャイナ、コリア・・・ジパング、ここの人々は・・・何をやってたんだろう、かね?

・・・そのうち考えてみましょね。


もうひとつ大切なこと。仮説提出者の要件ですが、「在野の人」であって「在野の野蛮人」ではありません。

キルヒャー尊師とメンデル先生
(時代を超えた正統なる修道士たち)