錬金術(4) 壮大な体系たち

(2003/02/10)


錬金術の根幹をなすものは、色の体系である。alchemyという言葉に起源が隠されている。

この語源はエジプトの黒い土である。狼星(シリウス)が、明け方の東の空に昇る季節に、

ナイルの氾濫が始まる。するとナイル川沿いには黒い肥沃な土が残される。一定の日月を経ると

最後には、黄金色の穀物に変質する。すなわちkhemet(黒い土)が、黄金に変化するのだ。

この色相変化を詳細に観察した結果、単なる、黒→黄金ではなくて、黒→白→黄金らしいとなり、

そしてついには、黒→白→紫→黄金、というのが最終結論になった。黄金が神の色であるとすれば、

紫は王者の色ということになる。ユーラシアの東の国々でも、紫は禁色として扱われた。


この辺まで体系化が進むと、黒はどうでもよくなってくる。砂利だ。白と黄金が問題になってくる。紫は

重要な通過点として残るが。白色のものや黄(金)色のもの、これは当時では水銀と硫黄であった。

つまり、


白色  →   湿っている  →   落ち着きがない  →   女性  →   水銀
  
黄(金)色    乾いている    落ち着いている    男性    硫黄


女権論者はどう考えられるであろうか。落ち着きがないのは女性だけか、という声も聞こえる。

水銀も硫黄も、決して貴金属ではない。安物だ。すると、これらの物質に対し、正しい操作を行えば、

至高の黄金が得られるではないか。即ち、一攫千金。これが、古代哲学の偉大なる到達点であった。


豊穣の根元(トート神)


これとは独立に発達した元素論が、この理論体系に、更に強力な背景を与える。世の中の元素は

土(地)水火風の四つである。これらは<乾>、<湿>のいずれかと、<固体>、<流体>の

いずれかとを組み合わせたものである。例えば土は、乾いた固体である。風は湿った流体である。

思索せよ。水銀は湿った流体で、硫黄は乾いた固体である。つまり、水銀と硫黄を持ってくれば、

その中には四大元素の性質が、すべて含まれているではないか。全てを備えた物質、金が得られる。


第一回で、糊と電池と砂利から黄金を造るという、実用的な話をしたが、四大元素の資質を巧妙に寄せ

集めることでも、金ができるのである。この知識は、紀元前の太古からあった。あとは技術開発だけだ。

地上ばかりを見ていてはいけない。今まであげたものは、何と、天界にすでにあったのだ。すなわち、


   水銀  →  月(ルナ)
  
硫黄  →  太陽(アポロン、トート)
  
 →  土星(サターン)
  
水、水銀  →  水星(マーキュリー)
  
 →  火星(マース)
  
 →  木星(ジュピター)


若干の異説はあるが、まあ、だいたいこんな対応がつく。そう、"As Above, So Below"なのだ。

「下にあるものは上にあるもののごとく、上にあるものは下にあるもののごとし」に尽きるのだ。

であるとすれば、錬金術師の周囲には、必要な材料と知識が、全て揃っていたことになる。あとは、

これらを注意深く、正しく扱うだけでよい。無理解な大衆や家族の冷たい視線に耐えつつも・・・・・。

錬金術師は壮大な実験の道へと踏み出す。


As Above, So Below・・・