かりくらし…… 投稿者:テバ 投稿日:2008/12/21(Sun) 08:10 No.1000 | |
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歳末の金繰りのことではありません。
かりくらし たなばたつめに やどからむ あまのかはらに われはきにけり
【狩り暮らし 機女[タナバタツメ]に 宿借らむ 天[アマ]の河原に 我は来にけり】
これは伊勢物語の第82段に出てくる和歌です。
惟喬親王は毎年桜の季節になると、水無瀬離宮に右馬頭を連れて遊びに行くのでした。この辺りから交野にかけては澱川の大氾濫原でヨシが生い茂り、絶好の狩り場です。皇子一行も鷹狩りに行かれるのですが、実際は大部分が移動花見酒だったようです。もちろん当時の貴人の花見酒ですから、長屋の連中のものとはレベルが違います。当意即妙で和歌を詠んだりするわけです。
交野を過ぎて日暮れごろ「天の川」という川のほとりにさしかかります。ここで再び軽く一杯の運びになります。右馬頭がお酒をすすめます。すると皇子は、折角交野を狩りして天の川まで来たことだ、俺に注ぐ前に一首作れよ、と右馬頭に要求します。この右馬頭とはたれあろう、伊勢物語の主人公・在原業平でしたから、即座に「かりくらし…」と詠んで皇子に差し出したわけです。
和歌には返歌という作法があります。「かりくらし…」とやられた皇子もあれこれ頭を捻ったのでしょうが、浮かんでこなかったようです(そうなると返杯もできません)。そこでもう一人の随員であった紀有常が助け船を出して、「ひとゝせに ひとたびきます きみまてば やどかす人 もあらじとぞ思ふ」と返しました。この後は水無瀬離宮に帰還し、夜更けまで宴会をやったようです。皇子もお疲れの様子です。
何でこんな話をしているのかというと、冒頭の歌が英語からの和訳モノに出てきたことがあるからです。テバも「かりくらし…」が伊勢だと言う程度の寺子屋知識はあります。でも原文(英)ではどうなっていたんだろう、という疑問も湧きますよね。思えば、こうした数々の疑問に遭遇しながら、それらを瞬間冷凍して「放念」のラベルを貼り、次々に冷凍庫へと放り込んできた人生でした。
このごろ少し時間が余ってきましたが、どの冷凍パックのラベルも「放念」です。たまたまこれは中味を思い出したので解凍してみました。ありました。いつの間にか、こうしたものの検索が極めて簡単になっていたのです。未来の医学の恩恵に与ろうとて冷凍睡眠している方々もおられるようですが、あながち荒唐無稽とばかりは言えないのかも知れません。ともかく原文の正体は、
Having hunted all day, let us borrow a lodging from the Weaver Maid, for we have come to the shore of the River of Heaven.
であったと思われます。出典は下記です(少し長いですが)。
http://books.google.co.jp/books?id=Jq5hOTAHgNAC&pg=PA60&lpg=PA60&dq=karikurashi+tanabatatsume&source=web&ots=2xmknTKfj-&sig=n4q9PrFxn1CQkbfC1dNuQzjJ5Eo&hl=ja&sa=X&oi=book_result&resnum=4&ct=result#PPP1,M1
Helen Craig McCullough(ヘレン・クレイグ・マッカラ?,1918-1998) 女史の労作で、"Classical Japanese Prose -An Anthology-" という古和文英訳の書籍です。600ページ弱あります。しかし和訳者(姓名失念)は偉いと思います。上記の英語のフレーズを見ただけで、「ああこれは、かりくらし…だな」、と判ったんですから。ちなみにこれをWebの某翻訳エンジンにかけてみましょう。
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一日中狩っていて、 ウィーバーMaidから下宿を借りましょう、 私たちが天の川の岸に来たので
この翻訳エンジンは、その世界では、結構いけるほうだと評判です。「下宿」は措いておくとして、「たなばたつめ」は半熟程度の固有名詞ですから、苦労したことが予想されます。"Tanabatahime" ではローマ字にすぎません。ついでにもう一つ、同じ "Tales of Ise" からやってみましょう。対象は「なにしおはゞ いざことゝはむ みやこどり わがおもふひとは ありやなしやと」です。
If you are in truth what your name would tell us, let me ask you, capital-bird, about the health of the one for whom I yearn.
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あなたが実はあなたの名前が私たちに言う者であるなら、 あなたに尋ねさせてください、大文字鳥、 私が慕うものの健康に関して
スペースや改行によっては "capital-bird" が「資本の鳥」になったりしたのですが、ここまで漕ぎつけました。ここが限界です。
ともあれ、ヘレンさんの「知の冒険」には最敬礼です。
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