★楽ガキコーナー★

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Daikon Radish 投稿者:テバ 投稿日:2008/01/14(Mon) 08:19 No.915  
その日、名古屋駅ホームで上り新幹線を待ちながら、「読み終わってしまっていた」ことを思い出しました。持参した文庫本のことです。1時間半足らずの移動ですから週刊誌でもよいのですが、今週号には面白い記事があるはずないもんな……と、漠然と考えます。しかし鉄軌道式移動体内活字中毒者としては、何らかの手を打っておかないと、禁断症状が出た場合の処置に困ります。車内で暴れたりすると、夕方のニュースで格好の報道ネタにされてしまいます。

キオスクの周囲を不審者・変質者のごとく徘徊します。駅というものは、改札から入ると、文化的オアシスはキオスクしかないのですね。新聞、週刊誌、文庫、新書などを提供している程度ですけど。その中に山本一力の文庫版「だいこん」を発見しました。この作者の作品は文庫化されたものしか読んでいませんが、テバにとっては第6作目となります。結構分厚いので、「以って宿痾を癒すに足るべし」と、急いで購入しました。発車も迫っていましたし。

山本先生らには申し訳ないのですが、テバは、たとえば芥川賞、直木賞といえども、文芸春秋やオール讀物でいきなり読むことはしません。これは失望感恐怖症のゆえです。ましてハードカバーにおいて「親」です。風雪に耐え、流浪の果てに文庫化されたら、ドレドレとかデハデハと、おもむろに手にしてあげるのです。「ガリア戦記」を岩波文庫で読んでおいて、「あかね空」がハードカバーでは、ユリウス・カエサルに「テバよお前もか」と言われてしまいますからね。

ともかくも、無事、帰途につくことができました。売れっ子作家の「筆の荒れ」を案じつつ。



冬の越後平野 投稿者:テバ 投稿日:2008/01/13(Sun) 17:25 No.914  
先週の中ごろ、新潟に用事があって行ってきました。昼ごろから降雪という予報が出ていて楽しみにしていました。燕三条から弥彦の方にかけては、小雨の世界が拡がっていました。積雪はゼロです。新潟市では燦々と陽がさしておりました。

普通この季節の新潟市では、雪、あられ、雨、雷などのうち、何かが落ちてこない日はないのだそうです。ところが、この日は何の天恵もなく終わってしまったようです。別に神様に見捨てられたというほど深刻な話じゃないとは思いますが。

温暖化はともかく、「超」暖冬は間違いないですね。



ラウンド・ザ・コーナー(RtC) 投稿者:テバ 投稿日:2008/01/12(Sat) 19:48 No.913  
洞爺湖サミットまであと半年となって、主要会場・宿泊所に予定されているホテルに監視カメラが1台もないことが判った(?)という発表がありました。これから数十台を手当てする必要があるとのことです。まさに「泥縄」とはマルK関係用語だと思わせる出来事です。この時点で騒いでいるということは、2007年度も2008年度も予算措置がなされていないということでしょうかね。

呆れるようなことには事欠かない昨今ですが、この監視カメラ問題には「またかい」というデジャ・ヴュ感覚も伴います。これはなんだろうと考えていて思い当たったのが、「角を曲がる」ということへの対処です。この国を管理・運営しているエリートさんたちが固執する、直線的外挿式発想法のことです。従来のやり方でアクセルとブレーキを操作すればよい、という直線路走行の方法論ですね。

角を曲がると全くの別世界が拡がっている、こうした可能性を考えないか、頭から無視しているのです。バブルが崩壊した時にも角を曲がったはずですが、対応に失敗しました。公的年金は保険料収入と給付の収支が逆転することで角を曲がります。これなどは随分以前から予想されていたのに、角を曲がった後のことを考える人はいませんでした。むしろ直線路爆走時代の澱(オリ)ばかり・・・

RtC現象に対処する方法は受動的適応だけではありません。どっかの国のように、ファンドで世界をグチャグチャにしたり、戦争を仕掛けたり、というような積極的対応法もあります。もっともその辺の手段が封じられているから、直線的発想でお茶を濁しているのかもしれませんが。


 On the sidewalk Sunday morning
 Lies a body just oozing life
 Someone's sneakin' round the corner
 Is the someone Mack the Knife?



涙目の中古新書 投稿者:テバ 投稿日:2008/01/05(Sat) 18:43 No.912  
ブックオフとかいう本屋があったので、後学のために覗いてみました。ほとんどが文庫とか新書ですが、古書と中古書が混在しています。客寄せのウリは105円均一コーナーらしく、三分の一ぐらいがこの均一本です。限られた店内にギッシリと本が並べられています。が、その中でも、105円均一本中イチオシのものは、貴重なスペースを割いて平積みにされています。

新刊本の世界なら、平積みは「破格の厚遇」とされています。しかしこの105円均一本の平積みの場合は事情が異なるようです。むしろ、首魁の一党は市中引き回しのうえ……と見えてしまうのは、テバだけでしょうか。更にその中の一点だけは、ことさら駄目を押すかのように「¥105」のシールが貼られておりました。そのあり様には、思わず涙を誘うものがあります。

 美しき レジームの夢 朝の露

そういえば中古新書というシリーズはまだありませんね。どっかの書店で企画するといいと思うのですが。



モニター繚乱 投稿者:テバ 投稿日:2008/01/04(Fri) 08:32 No.911  
6〜7年間愛用していた液晶モニターが不調を呈し始めました。このテの機械はいつもそうですね。苦労の果てに、やっと納得できるものに出会います。世間がどんな新型を出し、CMを流しても今後は無視できる覚悟に達します。例の「お前〜とひと筋に」という心境です。すると途端、好事魔多しで、相手は病に倒れるのです。これでは明治の小説です。私の連れ合いは、画面がさざ波繚乱状態になってしまいました。

そこで近所の量販店に視察に行きました。たかが大根一本程度の市場調査のつもりが驚きました。結構お高いのですね。今まで使っていたのと同型でも数万円ということです。そのうえ、たかがディスプレイのくせにワイドスクリーンまであります。こんなものを入手したら最後です。心休まる暇もなく、ハイビジョン・チューナーの心配が始まります。直ちに決心することもできず、病に伏せるモニターの待つ家に戻りました。

すると朗報です。謎の協力者ヒマさんが、家の片隅から未使用モニターを引っ張り出してきてくれたのです。全くもう不思議の家としか言いようがありませんが、テバとしては数万円の経費節減が出来た嬉しさで早速交換しました。糟糠のモニターについては、心を込めて解体してあげました。こうすると、一般ゴミと特殊な部品とに分別できます。後者には結構面白いものが含まれています。部品バンクにストックします。

しかし、この新しい連れ合いですが、前の公称17"に較べると、どう見ても大きいのですね。そこで画面の対角線を測ってみたら、なんと47.7cmもあるのでした。インチに直すと約18.8"です。これが目の前にドーンとあると、視界の隅々までが画面なのです。いやはや……。長年連れ添った女房に先立たれ、もっと若い嫁さんを貰うということはこんなことなのだろうなあ、などという感想も湧いてくる新春なのでありました。



洛陽の紙価を問わず 投稿者:テバ 投稿日:2008/01/01(Tue) 00:00 No.910  
読んでくださる方々へ。



古代史メイズ 投稿者:テバ 投稿日:2007/12/29(Sat) 18:13 No.909  
黒岩重吾の「古代史を読み直す」が会社の一隅に抛り出してあったので、拾って、通勤の行き帰りに読んでいました。欽明王朝まで扱っているのですが、一応、切りのよい継体王朝まで読み飛ばしました。ここでは神武(畝傍山=橿原)、崇神(三輪山=纏向)、応神(河内)、継体(北河内)の四つの王朝が興亡を繰り返しています。日本書紀では28代の天皇が即位したことになっているようです。

ここからが黒岩史観の出番です。まず神武9代からは神武さん以外の8人を「欠史八代」なので削除です。次に、崇神5代のうち景行、成務、仲哀の3人は「実蹟なし」で消去です。テバ愛好の倭建命も父無し子にされてしまいました。応神王朝については、讃、珍、済、興、武のおかげもあり最後の4人以外は合格です。しかし「応神≡仁徳」となり1名減です。継体3代は継体さん以外は無視。いきなり欽明王朝へとつないでしまいます。「継体」の看板が泣きます。

以上、一瞬にして、18人の天皇はんがお消えになったのです。神武さんから継体さんまでが、たったの10代になってしまいました。神武さんについては、黒岩先生は特段の考察をしておられませんが、崇神さんこそが邪馬台国から東遷してきて大和王朝を興した最初の大王だと論じていますから、神武さんの存否についてはあまり重く見ていないのではないのでしょうか。あえて触れないという姿勢ですね。

現在70歳を超えておられる方々には、国史の授業で「ジンム、スイゼイ、アンネイ、イトク、コウショウ、コウアン、コウレイ、コウゲン、カイカ、……メイジ、タイショウ、キンジョウ」の棒暗記をさせられた経験があるはずです。書き取りなんかもあったのでしょうか。小学生にとっては超難解漢字が続出ですよね。「よくできました」の象徴である梅の花(赤鉛筆による)を貰った方もあるでしょうけど。

そういえば、この「梅の花」というのは一種の象形文字ですね。通用する時代・地域が限定的であったとはいえ、立派に「文字」だったのです。梅の枝に蕾みのようなものを加えると「大変よくできました」と訓みます。

太古、漢字が象形文字と認識されていたころ、大和朝廷にある史(ふひと)がいたとします。彼は自分が仕える「大王」が大変に偉大なので、大にに一画を加え「天王」と装飾しました。ところがその後、大陸渡来の学者に指摘され、天王などという概念はないことを知ります。しかし引っ込みがつきません。そこで、王の方にも装飾を加え「天皇」としました。これなら前例なしとしないからです。黒岩先生も気が付いておられない、ささやかな古代の裏面史です。



四谷とは ? 投稿者:テバ 投稿日:2007/12/21(Fri) 08:27 No.908  
四谷とはどんなトコロよ?と人の問うまで、というほどではありませんが、その地政上の性格には微妙に判りにくいものがあります。江戸城に面しては赤坂、麹町に隣接しています。学習院初等科や迎賓館などもあります。顧みると、新宿、市ヶ谷、飯田橋ということになります。

そこで、四谷的なものを捜していましたが、ありました。当面はこの看板をイチオシとします。上記の設問に対して90%ぐらいを答えてくれているはずです。もちろん明治以降について、ということですが。



デューン 投稿者:テバ 投稿日:2007/12/15(Sat) 20:46 No.907  
Uセンセイからのお便りです。大型スーパーの魚の干物売り場における、おばさんとの会話のようです。

......。。。oooOOO○○○◯◯◯

売婆:だんなさんこのカワハギはうまいよ

旦那:オオ、島根県産と書いてあるな。島根は出雲かね、石見かね

売婆:そりゃわからんけんど、砂漠のあるところだ

旦那:砂丘があるのは鳥取だぞ

売婆:なんにしても砂漠のところだ

旦那:しかし、島根と書いてあるぞ

売婆:ほうだね。島根は鳥取なんだね

旦那:・・・・

◯◯◯○○○OOOooo。。。......

このおばさんの地理学的知識は、相当いい線いってると思います。日本国の初等教育制度の成果ですね。

フランスの田舎では、子供が「お前はコリアンか?」と聞いてくるのだそうです。そうした際には、逆らわずに応えます。「そうだ。そしてお前達はジャパニーズだ」。これでOkです。その子が家に帰ったところで一騒動起きることは確実です。



マグレヴ・シスターズ 投稿者:テバ 投稿日:2007/12/13(Thu) 09:21 No.906  
マオ先生だけではありません。およそあのユダヤ系ドイツ人思想家の使徒たちは、「精神力」を心底信奉しているフシがあります。つまり、人間の肉体の物理的限界などというものは、単なる思い込みに過ぎないということです。するとどうなるかというと、精神力がこれらの限界を克服するのです。

マグレヴ・シスターズとして世界に名を馳せたユニットがありました。「超伝導磁気浮上式姉妹」とでも訳すのでしょうか、凄まじいパワーを発揮していたようです。インドシナ? 西アフリカ? どこの紛争地か知りませんが、鰐がうようよしているような大河も何のそのです。軽々とひとっ飛びなのです。

不思議なことに、マオ先生が逝去されてこのかた、そうした超人類の話はほとんどなくなってしまいました。大変に淋しいことです。人民が精神力を発揮するためには、偉大な指導者が必要なのでしょうね。あれから相当経ちましたから、彼女たちも只の"マグレヴ・おばさん"になっていることでしょうが。

精神力万能の時代の次には金力万能の時代が来る、というのも歴史的普遍のようです。そう言ってしまうと、日本も同一の経過を辿っていることになりますか。



ハイジの風景 投稿者:テバ 投稿日:2007/12/09(Sun) 20:29 No.905  
アルプスの少女ハイジが出てくると、その舞台としてはマッターホルンやユングフラウあたりが浮かびます。それもカレンダーかなんかに使われてる典型的なやつですね。ハイジやおじいちゃんが暮らしているのは、あのあたりなんだろうなあ、と漠然と考えます。牧場の向こうが氷河になっていてそこにハイキング……そんなことがありえないことは、少し考えればわかるのですが、最初の直観としてはこうなっています。

日本にあってもそんなに事情は変わりません。たとえば名峰とセットになっている人といえば、清水の次郎長です。この方の場合、富士山の五合目あたりで座布団正座でお茶している姿が浮かびます。本当にそんなことをしたら、長五郎さんもお蝶さんも風邪をひいてしまいますから、絶対しないと思います。しかし次郎長のいる情景としてなら、納得させるところがあります。静岡県の方には大変に失礼な例ではありますが…

坂田三吉は通天閣の展望台で将棋を打ってるし、西郷さんは桜島の噴火口に若者を集めて噴煙を背に「敬天愛国」を説いています。こうしたありえない情景が脳の中からは無数に湧いて出てきます。これについてはユングが上手に説明しています。私たちの心理の深層には普遍的(集合的)無意識というものがあって、そこには多数の元型があって、これらが合成された結果、象徴的風景が呈示されるのだ、ということです。

眼前の事象と脳内の風景の間には必ずギャップがあることに留意しつづけなければなりません。さもないと、人は大きな錯誤を犯します。たとえば、神話にすぎない「美しい国」を実在と誤認して、これを政治的目標にしてしまいます。こうしたミスコンセプションは、比較的早期に、現実世界から巨大なカウンターパンチを受けることになりますが、それが政治であるために、本人の鬱病だけでは済まず、万人の不幸になるのです。



私の万年筆 投稿者:テバ 投稿日:2007/12/05(Wed) 08:00 No.904  

Uセンセイからのお便りです。

............。。。。。。ooooooOOOOOO○○○○○○○◯◯◯◯◯◯

私と同じ位の世代の方には万年筆を持って居られる方も多いでしょう。最近、私が得た知識をご紹介します。何しろ修理代8000円も取られたのですから、私だけの胸に仕舞っておくのは勿体ないと思いまして。

ペリカンの軸太の型のピストン式のものが壊れました。軸の尻を廻すと軸の中のピストンが動きインクを吸い上げる式のものです。これが、尻の軸を廻すとペン先がついた部分が廻るようになりました。

メーカーの説明に拠ると、軸とペン先の接合部、つまりキャップをまわしながらはめ込むところの螺旋の後ろに、バルサム系(?)の接着剤があり、これは水やインクで変化するそうです。

この種の故障を避けるためには、キャップの内側の水やインクを除去しておくことだそうです。時々ティッシュで掃除するよう心がけましょう。

丸善の万年筆売り場の青年は、他社のインクを使うと融けることがあるという恐ろしいことを言っていましたが、ペリカンからの回答では、その問題は無いと言うことでした。

ペリカン、モンブラン、パーカーのインクを揃えておくことは一寸ホネです。私の万年筆は、軸太でペン先の大きなのが多いので、インクビンに一杯入ってないとピストンで吸い上げません。だから、最低二瓶は常時必要になります。

◯◯◯◯◯◯○○○○○○○OOOOOOoooooo。。。。。。............

テバも自慢の万年筆を持っていました。モンブランの金貼りに黒いダイアゴナルメッシュが入ったものです。原稿料踏み倒しの代償として某出版社が呉れたものです。カートリッジ式全盛時代のものですが、太字で書き味は抜群でした。持ち重りも良かった。今は? 行方不明です。

当該出版社(零細)の当時の担当ですが、現在は一応社長になっています。幾星霜。



Apprivoise-moi! 投稿者:テバ 投稿日:2007/12/04(Tue) 19:48 No.903  
ルナールのカットがおかしいという周囲の指摘がありましたので、早速、オリジナルに近いものに貼り替えました。そりゃーおみゃー、どこからかパクってくるだけだから簡単だろぎゃー、なんて言わないでください。これはこれで、Tebaland に apprivoiser していただいている方々には、お許しいただいているポリシーなのです。

ところでこの"apprivoiser"という動詞ですが、星の王子様の文脈全体でも極めて重要な意味がありそうでありながら、日本語にしようとすると「ハタ」(ミーバイ?)状態になってしまいます。あの版権が跋扈していた時代には、内藤さんとその後継団体によって、ほぼ専断的に「飼い慣らす」とか「仲良くなる」等だとされていました。

王子様は"そう"したいのですが、「ボクには時間がない」とか「することがたくさんあるし」とか言い訳します。するとルナールは、「商人からは何でも買うけれど、彼らと友達になるわけじゃないだろ」と突っ込みます。この辺がヒントかなとは思うのですが、何とも日本語が見つかりません。誰かが大発見するまで待ちましょう。

原語そのものに軋轢が……とも思います。一連のさし絵の中で、王子様の目つきが一番険しくなっているカットでもあります。「はにかみ」どころではありません。



スコラ学入門 投稿者:テバ 投稿日:2007/11/25(Sun) 12:30 No.902  
種(生物)の多様性というものは大変に重要なものなのだそうです。これを保存・保全するための法律までできています。こういう「−ity」的議論には、なかなかついて行けないものがあります。一般論としていきなり呈示されると理解が難しいのです。しかし、ものは説きようです。一旦、具体の事例に即して説明して貰えば、「ああ、なんだ、そのことだったの!」と、すんなり腹に入ります。

「種」などと言われてしまうと、ヒト・猿・犬・キジはおろかヤンバルクイナも昆虫も大腸菌もそうなんかなあと、アタマが混乱するだけです。そこに「多様性」なんていう超抽象性の追い打ちをかけられたら、もうお終いです。どうせボク(テバ)の頭には無理なことだし、勝手になさったらよろしいんでは、と、心ならずも居直ったりします。ご協力申し上げたいのですが、全く見当がつきませんよ、と。

このように、世の中には「普遍性ショック」というものがあります。宗教とか法律とか高級な学問なんかでよく遭遇する現象です。スコラ哲学の世界の話なのですが、「不適切だが有効だ」と言ってのけた聖アウグスティヌスや、針の先に立っている天使の数を数えたという聖トマス・アクィナスなどがこれにあたります。何となく判るような、全く人知を懸絶しているような、という特徴があります。これを考えます。

一般人なら「いきなりかい?」とか「誰でもいいんかい?」と叫ぶような、驚くべきアイディアを、最初にぶつけてくるのが特徴です。このアイディアのことを「ドグマ」と呼びます。しかし「よーっく考えよう」、なのです。ドグマを確立した哲学者・神学者たちは粒々辛苦の末に、この境地に到達しているのですね。具象から普遍へと至るきわどい綱渡りを成功させた末に、第一級の碩学としての名を残したのです。

種の多様性に戻りましょう。最初は単純な事例で結構なのです。例えばヒトでいきましょう。摂取する穀物で分類して、米食人、麦食人に別けます。もちろんイモ食人等もありますが、ここではドグマの発生について論ずるので、二分類で結構です。環境も、米作適地、麦作適地に大きく二分類します。この掛け合わせがヒトの生態論的多様性です。この例における多様性は、2×2=4となります。

ある時、麦作適地が絶滅したとします。一部の麦食人は無理矢理米食に適応できたとしても、麦グループ全体の生存性は劣化します。それが1/2程度とすると、ヒトの多様性は多分、(1+0.5)×1=1.5程度に激減します。特定種の適応環境数Nと現存する環境数Mの掛け算が、その種の多様性になるということです。宗教も法律も同様で、スコラ学では、あり得ないもののあり得ない組合せは考えません。

この場合、多様性4の方に明らかな「利」があります。多様性が1.5の方は何らかのきっかけで絶滅してしまう可能性が高いのです。食餌をアザラシに転換して生存する「ヒト」グループもあるでしょうが、しょせん少数残存です。また、なんらかの天変地異があってヒトの食物選好性が2→1となっても、深刻なことになります。このようにして、目前の現実から普遍的理論を作り出すことができるのです。簡単ですね。

普遍化を極限まで進めると、そこには、驚天動地「ドグマ」の絶壁があります。その壁のはるか高みに座すあなたは、すでに神の領域に達しているのです。



郷愁 投稿者:テバ 投稿日:2007/11/23(Fri) 09:42 No.901  
「うるま」で思い出したのですが、平成の大合併も一段落したようです。今回の合併で目立ったのは仮名表記の市や町の出現です。もちろん、これは昭和の御代にもあったことで、「いわき市」なんかは、書き取りでいつ出題されても、完璧に書いてみせる自信がありました。先生も出題しませんが。

カタカナの方面ですが、現在の沖縄市は、その前身はコザ市あるいは Koza City でありました。琉球王朝時代には「胡謝」の文字が宛てられていたようです。合併を契機に沖縄市に改名したのですが、コザという言葉には、あの占領時代の哀しい記憶があまりにも深く焼き付けられていたからでしょう。

狩太町がニセコ町に改名したのは、先住民族への敬意と解釈することもできます。南セントレア市と予定されていた地域の先住民族のことについては多くを知りませんが、南アルプス市は、ついに誕生してしまいました。縮れた赤毛でそばかすの多いケルト人が多数居住していたのでしょうか。

平片論はさておき、2007年10月1日現在で仮名主体の名称になっている市町、あるいは近々なることが決定している市町を検索してみました。

北海道
  せたな町
  ニセコ町
  むかわ町
  えりも町
  新ひだか町
青森県
  むつ市
  つがる市
  おいらせ町
秋田県
  にかほ市
福島県
  いわき市
茨城県
  つくば市
  ひたちなか市
  かすみがうら市
  つくばみらい市
栃木県
  さくら市
群馬県
  みどり市
  みなかみ町
埼玉県
  さいたま市
  ふじみ野市
  ときがわ町
千葉県
  いすみ市
東京都
  あきる野市
富山県
  かほく市
福井県
  おおい町
山梨県
  南アルプス市
三重県
  いなべ市
兵庫県
  南あわじ市
  たつの市
和歌山県
  かつらぎ町
  みなべ町
  すさみ町
徳島県
  つるぎ町
  東みよし町
香川県
  さぬき市
  東かがわ市
  まんのう町
高知県
  いの町
福岡県
  うきは市
  みやま市
  みやこ町
佐賀県
  みやき町
熊本県
  あさぎり町
宮崎県
  えびの市
鹿児島県
  いちき串木野市
  南さつま市
  さつま町
沖縄県
  うるま市

「伊豆の国市」については迷いましたが、この懐古的and/or先端的な名称には、道州制問題にもかかわる多くの議論があると考えられるので、今回は外すこととしました。本件についてお急ぎの方は、恐山経由で北条さんに意見照会してみてください。あ、頼朝さんでもいいかも知れません。

県別をざっと眺めてみると、世上「教育熱心県」と思われている県では皆無か極少数なことに気付きます。もっとも例外はあるもので、文化人を大量輩出している青森には三ヶ市町もあるのに、芸人しか輩出しない大阪はゼロです。文科省は、漢字識字率の県別統計を取る必要があるのかもしれません。

予感があります。こうした平仮名市町からは青壮年が滔々と流出するのではないでしょうか。住民票はおろか戸籍ごとです。これは行政当局が一番畏れる「過疎化」に繋がります。彼ら「脱」仮名市町民は、宛名が漢字で表記された年賀状を貰って、拉致被害者が日本に帰国したと同様な感激を味わうのです。

そういえば、そろそろ年賀状の季節です。



へぎ 投稿者:テバ 投稿日:2007/11/22(Thu) 21:42 No.900  
今日は大変に遅い昼食を新潟駅の付近で摂ることになりました。「へぎ蕎麦」がご当地の自慢だと薦められたので、素直に諾々と従いました。何らかの海藻が練り込んであるらしく、大変に腰の強い蕎麦でした。江戸前の職人なら非難のつぶやきもあるでしょうが、全日本細長食無差別愛好者協会々員としては、GJと評価しました。蕎麦粉も上物を使っていました。

が、そういえば、昔天童で食べたへぎ蕎麦も美味しかったよなというように話を振ったところ、現地サイドから強い反論があったのです。天童のあれは「板蕎麦」であって、へぎのように高級な器に盛られたものではないという主旨です。こういう話題は、下手をするとベトナム/イラク化するおそれがあるので、急激に別のテーマに振ることで、その場を回避したのでした。

帰りの新幹線でのことです。同行のN君が、車内誌の中に、そのへぎ蕎麦の解説を発見してくれたのです。それによると、「へぎ」とは「剥ぎ」であり「はぎ」とも言い、薄く剥(は)いだ板のことである、とありました。天童で20年前にいただいたあの蕎麦は、まさにへぎ蕎麦であったのでした。文化先進の越後が、只の粗末な板を塗り物の箱に進化させたのでしょうかね。

とまれ、天童の名誉回復であり、テバのポイントでありました。


Postscript@07/12/18:その後、ひまさんが調査を加えてくれました。山形県では新潟の「へぎ蕎麦」と同一容器のものも含め、「板蕎麦」と呼ぶ事例が大多数のようだということです。とすると、「山形の人はそこまで謙虚なのか?」、という議論を新たに起こさなければならないのですが、大人テバとしては、しばし放念といきましょう。



うるま 投稿者:テバ 投稿日:2007/11/21(Wed) 23:28 No.899  
「うるま」とは、タツノオトシゴのことです。「海馬」を沖縄風に訓んだものだと思ってください。平成の大合併の結果、一昨年からは「うるま市」という自治体までできました。うるま市にはうるま市長さんがいて、うるま市民がいることになります。出身地の欄にも「うるま」と書くことになります。それはまあ、当たり前のこととして、もしも捨て子事件でもあったら、うるまの落とし子ということになりますかね。

「URUMA」という県内限定の煙草もあります。このデザインが良いの、悪いのという議論もあるようです。これといった理由もありませんが、テバはこのおとぼけ「うるま」の支持派です。



木枯らし 投稿者:テバ 投稿日:2007/11/18(Sun) 18:26 No.898  
木枯らしが吹いています。一号かどうかは判りませんが、相当な強さです。日本海も大部分が例の「筋雲」におおわれています。初雪の地方も多いのでしょうね。

木枯らしが来ると、なぜかせわしい気分になります。昔は、市中では七五三から酉の市、学校行事も様々なもの目白押しでした。欅の落ち葉も含め、この寒風の中、一年間の全てが大晦日へと向けて滔々と吹き寄せられていきます。

昔縁あって親しんだ奈良の山中の村では、節季払いが近づいてきます。人々の目の色が変わってきます。盆の鷹揚な節季払いと違い、暮れの節季には結構厳しい面があるようです。節季を目前にして夜逃げをした噂もありました。



十二宮改革 投稿者:テバ 投稿日:2007/11/16(Fri) 08:00 No.897  
もっともっと混沌とした渦のような世界を造り出したかったのですが、技能も時間も限界だったということですね。十二番目に載せたのはワヤン(wayang=影絵)です。インドネシア系がどうも暗いものばかりだったので、今回はフィリピンのものを捜してきました。意外でしょうが、フィリピンにもこの文化はあるのです。バタ(ッ)クという謎の古代流浪集団がこれを広めたという説があります。ギターを持った海のジプシー(ロマ)です。

今後は一部の手直しを除き、この表紙で暮らして行こうと思います。それにしても、何のためにやったのか……



四谷見附 投稿者:テバ 投稿日:2007/11/13(Tue) 19:58 No.896  
このビルのどこかの窓から富士山が見えるはずだ、という信念はありました。しかし、天気の具合とやる気が揃わず、そのまま1年余を打ち過ごしてしまいました。ここ四谷の地形条件を考えても、赤坂見附に対応する見附があって不思議はないはずです。とはいえ富士山というものには、「わざわざ捜しに来ることはないよ」と諭す何ものかがあるようです。それがこの「見附」という言葉に込められていますね。お母さまなどが、ある日坂道を上りつめたところで思いがけずこの霊峰のお姿を望見し、「あ」と幽かな叫び声をお挙げになるあたりが相応しいのではないでしょうか。

この意味では、今回は問題の展開になってしまいました。それは本日の朝でした。ご同輩が、自宅の物干し台から富士山が見えたよ、と話をしておりました。そうだそうだった、と思い出しました。やる気も起こり、天気のコンディションも良さそうなので、当該S氏を拉致して最上階に行ってみました。非常階段の所に小さな窓があり、そこから見附けたのです。まだまだ大気の状態は満足と言えず、霞の彼方ではありましたが…………これから冬に向かう季節の中で、楽しみが一つ増えました。本日の経過が不本意だったことをお山に陳謝しつつ、胸の中で小さく「あ」と言ってみました。

携帯のカメラで目一杯ズームをかけたのも最悪です。しかし地元四谷の誇り・「錦松梅」総本店の看板が偶然入っていました。四谷見附であることの証明になりました。

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