【「豊岡の社会教育」より

 中世には円山川の水運を利用した商業が栄え、船着き場周辺には 今もなおその名残が見られます。江戸時代には産業奨励策として柳ごうり作りに 力が注がれ、以来「豊岡の柳ごうり」として広く知られるようになりました。