☆ 点 睛 人 後 ☆
★カスピアン・タイガー★ わが畏敬する岩村忍先生のエッセイ、「言語学者ヴァンベリの冒険」の中に、 カスピアン・タイガーの記述がありました。アルミニウス・ヴァンベリ(1832生)は ハンガリーの人で、「生まれつき異常な言語の天才で、若いうちにヨーロッパの現代語を ほとんどマスターし尽くした後」、東洋への興味からトルキスタンへの旅に出ます。 当時のキリスト教徒にとっては、命がけの旅であったことは、言うまでもありません。 では…… 「一行は路を東北方にとり、四日行程ののちエルブルズ山脈を越えて マザンデラン地方に入った。荒寥とした高原の路を辿って山間の峠を登ると、 景色は一変する。今までの荒れ果てた乾燥地はたちまちにして姿を消し、 恰も妖術に魅せられたかのように、一面に壮麗な原生林が点綴する豊饒な 沃野が眼前に展開した。カスピ海に面したこの地方は、時に既に春の季節に 入り、樹林は青青とし野には名も知れぬ花が乱れ咲いていた。一行はながい 荒涼たる石塊に埋もれた高原から、この沃野に入り、賛嘆してジェネット(楽園) だと語り合った。 カスピ海南岸の特徴である大きい森林中の途を辿り行くうちに、或る日 一行は美しい黄楊(つげ)の森の中に宿営した。一人が附近の清冽な泉に お茶のための水を汲みに行ったところが、急に悲鳴をあげて逃げ帰ってきた ので、ヴァンベリは古ぼけた刀を執って駆けつけてみると、かなり離れた 樹林の中に、すばらしく美しい毛色の虎が二頭悠々と歩いているのを見た。 附近の住民に聞くと、この辺の虎と豹は極めておとなしく、滅多に人を襲う ことはないとの話であった。」 ★「坂の上の雲」のガノー氏★ 司馬遼太郎の「坂の上の雲」を何気なく読み返していたら、 明治初頭の発足間もない中学校の教育内容に触れているあたりに、 『物理は、幕末・維新のころからすでに翻訳されているガノー「窮理書」というものを つかったが、実験などはなかった。……』と記されていたことに気づきました。 当時の日本の事情では、全国の中学校に、ちゃんとした物理の実験設備を 整えることなどは、到底の不可能事だったはずです。 そのかわり、あの版画たちが、当時の若き旧制中学生に、おぼろげながらも 西欧の窮理の世界を垣間見せてくれたという情景を空想します。 窮理書の挿し絵から新しい科学・技術・思想の香りを嗅ぎ取った彼らが、 日本海海戦へと続くあの遙かな長い坂を登り始めたのかな、とまで考え、 版画恐るべしの感を深くしました。 いずれにもせよ、ガノット氏の教科書が「前世紀の後半、全世界で使われてい」た中に、 極東の日本も含まれていたことがはっきりしました。 ★バケツとの遭遇★ −或いは、パラサイト・アトム後日譚− あるビルでエレベーターに乗ったところ、同時に二人連れが乗り込んできました。 おそろいの作業服で、胸には○○電気K.K.といった社名の縫い取りがあります。 一人が小脇にたばさんでいる、ややくたびれたコクヨのファイルフォルダーには、 背表紙部分にテプラで「××本社電気通信設備総合点検記録簿」と記されています。 この人はこれ以外何も手にしていません。 もう一人は雑巾一枚在中のセキスイのポリバケツだけを持っています。 電気通信設備のような大それたものを「総合的」に点検する、というような装備 ではありません。白昼公然とエレベーターに乗りこんでいながら、しかも世間を 納得させたければ、最低限、例の赤と黒のコードがついたテスターぐらいは持っていて くれなくては困ります。ファイルとバケツと雑巾では、何をするかの見当さえつきません。 またテバ頭が頭痛に…… こういう場合、テバの友人の和気尻君(仮名)に尋ねると、手っ取り早く片着くことがあります。 ワケシリ君は、セケン、ギョーカイ、チマタなどの現象、習慣、由来などにとても詳しい 苦労人です。早速、電話が掛かってきた機会に訊いてみました。 (テ)もしもし、あの〜。この二人は一体どうやって電気通信設備の総合点検をするんだろうか。 (ワ)あのね〜、これはね〜(と無着成恭先生風に)、ファイルを持っている人が偉い人で、 バケツを持っている人はその助手なんですよ。 そして、以前はというと、偉い人は手ぶらで、助手がファイルを持っていたはずですよ。 (テ)え・え〜!! 偉い人と助手というのはわかるけど、昔の持ち物がどうしてわかるのよ。 (ワ)相変わらず世間知らずですね。要するに、以前、偉い人は、メーターの目盛りを読んだり、 スイッチ押してランプを灯けてみたり、それを戻してみたりだけをしていたの。 それを助手はファイルに「1.2」とか「OK」とか記録していたんです。 (テ)…… (ワ)ところが、この世界にも、ご多分に漏れず、合理化の嵐が吹き荒れたんですよ。 そして、××社のリストラ委員会かなんかで、重役さんも入って、こんなの一人で 点検・記録させればいいじゃないか、という風な議論の流れになってきたわけ。 それからというもの、偉い人がファイルを持たされるようになったんですよ。 (テ)そしたら助手が要らなくなるだけでしょーが。 一緒に行動している助手とバケツ、この説明はどーしてくれるんだよ。 (ワ)しょーがないなー。あのね〜、一人でファイル持って、うろうろするだけの仕事で、 いったいナンボ払って貰えると思ってるんですか。 それっぱかしじゃ、○○電気はおろか、引き受けてくれる会社は全然見つからない と思いますよ。 ま、しかし、そんなんじゃギョーカイはサクバクになっちゃうでしょうね。 そこで××社の総務課長と○○電気の営業マンが智恵を出し合うわけ。 今まで清掃会社に出していた仕事の山の中から、電気通信設備系の掃除の トコだけを切り出して、点検の時に一緒にやらせることにしたんです。マンパワーさえ 今まで通り計上して貰えれば、作業内容が何だろうと、点検会社としては、 まったく文句はないんだから。 (テ)…… 驚愕。光景を目前にしながら、頭痛のみ気にしていたテバと、話だけで総務課長と 営業マンのやりとりまで引き出してしまう和気尻君との間の世間智の落差は歴然。脱帽。 そこで思い至ったのは、パラサイト・アトムのときのステンレスのバケツのことです。 何故、事故以前にKG庁から派遣された現地検査官は、あの作業手順の変更に 気付かなかったのかということです。ステンレスのバケツを目の前にしながら、なぜ何の 疑問も感じなかったのか。そうです、判りました。 世間智についてはテバ並だった現地調査官は、ずいぶん立派なバケツで掃除を ているもんだ、と、逆に感心していたのでした。 「バケツとの遭遇」が「未知との遭遇」だったということもあるんですね。 ★「フクロウ食」発見★ キツネ食に引き続き、フクロウ食が発見されました。 時代は春秋時代初頭、場所はいわずと知れた中国で、中原の鄭という国です。 鄭の当主・荘公に、「キョウ」というフクロウの仲間が献上されたそうです。 フクロウの用字は普通「梟(キョウ)」ですが、このキョウは「号」偏に「鳥」を旁るといった字で、 JIS第二水準にもありませんでした。当時は、これをローストしたものが、大変なご馳走だった とのことです。あと、残るはカラス食、カササギ食です。
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